第51話~朋樹side~
次に目を開けた時、俺は小さな家の前に立っていた。
塀には蔦が絡まり壁の色は薄汚れ、窓は所々割れているのが見えた。
まるで廃墟のようなその家に俺は一瞬たじろいた。
愛奈の顔を思い浮かべてこんな家が出てくるなんて思っていなかった。
俺は玄関まで来て立ち止まり、周囲を見回した。
玄関前には割れたプランターがあり、乾ききった土の上に枯れた花が力なく横たわっている。
俺は少し深呼吸をして玄関を入った。
玄関先には靴が散乱していて、俺が人間だったら足の踏み場もない状態だったろう。
ヒールの高い婦人の靴や、汚れてボロボロになった小さな靴がある中、紳士物の靴だけがどこにも見当たらなかった。
玄関を通り過ぎた細い廊下には段ボールやゴミ袋が山積みにされていて、まるでゴミ屋敷のような状態だ。
ここが愛奈の住んでいた家か……。
とてもいい環境とは言えなかったようで、俺は軽く顔をしかめた。
そして、廊下の突き当たりのドアを通り抜ける。
その瞬間、思わず「うわっ!」と、声をあげていた。
付きあたりの部屋は小さなリビングダイニングだったが、ダイニングテーブルに置かれた様々な食材が腐り、ウジが湧いていたのだ。
激しい異臭が鼻をついて、吐き気を感じる。
俺は自分の鼻を押さえウジ虫から視線をそらした。
リビングスペースになっている場所も大量のゴミが放置されていて、あちこちから虫の羽音が聞こえて来ている。
ひび割れた窓から月明かりが差し込んでいるが、その窓にかかっているカーテンもビリビリに破れた状態だ。
こんなの、人間が暮らしていける家じゃない。
そう思いながら、リビングから隣の部屋へと通じているドアの前に立った。
この先の部屋に何があるのか。
想像するだけで気分は沈んでしまう。
きっと廊下やリビングのように大量のゴミや虫がいるかもしれない。
そう思いながらも俺は次の部屋へと足を踏み入れた。
その、瞬間。
一瞬目の前の光景が理解できずに思考回路は停止した。
次の部屋は寝室だったらしく、大きなベッドが1つ置かれている。
そしてそのベッドの横にあるカーテンのレールから、女性がぶら下がっていた。
その人は部屋着のような姿で、首にロープを巻きつけもう動いてはいなかった。
「なっ……!」
咄嗟の事で声もでない。
ロープはしっかりとカーテンレールに結び付けられていて、足元には踏み台にした椅子が横倒しに倒れている。
女性の足元には乾ききった糞尿が落ちていて、そこにもウジが湧いている。
見たくなくても、俺の視線はその死体へと注がれていた。
死んでから少し時間が経過しているのか、口から出ている臓器は乾燥していて黒くなっている。
「これが……愛奈の母親……?」
俺はそう呟く。
その顔はあまりにもひどく、愛奈に似ているかどうかもわからない。
そして、ハッとした。
愛奈は一体どこへいるんだろう?
ここに来たという事は、家の中にいるはずだ。
でも、リビングにも寝室にも愛奈の仏壇はなかった。
嫌な予感が胸の中で灰色のモヤを作る。
俺は寝室から隣へと続いているドアに目をやった。
この家はそんなに大きな家じゃない。
トイレと風呂場は見ていないけれど、愛奈がいるとすればこの隣の部屋だ。
ドアの前まで来て、朋樹の死に顔を思いだしていた。
まさか、愛奈も同じ様な事になっていないような?
ドクドクと心臓が高鳴る。
見てはいけないものがこの先にある。
そんな気がする。
でも、行かなきゃいけない。
みんながどうなっているのかこの目で確認しておかなきゃ、俺は前へ進む事ができない。
そう自分に言い聞かせ、俺はドアをすり抜けた……。
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