第42話
『俺は見てみたい』
そう言った次の瞬間、電車内のすべての窓が一斉に開いた。
暗闇がこちらへ手を伸ばしているように感じ、体を硬直させる。
「外へ出ろ」
「はぁ!?」
車掌の言葉に俺は目を見開いた。
今まで窓の外へ出た仲間がどうなってきたのか、よく覚えている。
「大丈夫だ。今は現実世界と通じている」
そう言われても、体は思うようには動かない。
こいつに嘘をつかれていれば、なにもわからないまま終わってしまう事になる。
俺は硬直している脚を叩いた。
動け!!
「制限時間は次の電車が出発するまでの12時間だ。遅れればお前の魂は二度とここへは戻ってこられない」
そう言い、車掌が俺の手首に触れた。
そこに時計盤が現れ、カチカチと短針が動き始める。
今の時刻は丁度12時を差していた。
「戻ってこられないと、どうなる?」
「お前は永遠に成仏できず、さまよい続ける」
俺は窓を睨みつけた。
「わかった。必ず戻ってくる」
そう言い、窓に足をかけた。
こわくないわけがない。
でも、行くしかない。
俺はもうどうせ死んでいるんだ。
失うものなんて、なにもない!!
次の瞬間俺は空中へと身を放ったのだった……。
☆☆☆
窓の外は暗闇だった。
何も見えない、なにも聞こえない。
そんな闇の中自分の体が落ちて行くのを感じる。
恐怖を感じて手を伸ばしても、掴まれるものはなにもない。
みんなも、こんな風だったんだろうか。
こんな怖い思いをすると思い出しても、飛び降りる事を選んだんだ。
俺は唯一外へ出なかった愛奈を思い出していた。
愛奈は電車内で苦しみもがき、そして死んで行った。
外へ出なければああなる事を、みんな思い出していたのかもしれない。
だから、残された俺に何かを告げるより先に、窓の外に出た。
思い出せば、もう時間がないのかもしれない。
少しでも自分が楽に死ねるように、幻に殺される前に死を選ぶ……。
そんな、気がした。
そこまで考えた時、不意に世界が明るくなった。
突然明かりが差し込み、俺は眩しさに目を細めた。
見えたのは見慣れた街だった。
いつも通っていた学校が見える。
女性を助けた歩道。
自分の家。
それらを見た瞬間、懐かしさで胸が締め付けられていた。
もう、何日もここへ戻ってきていないような気がする。
地面が近づいてきた時、俺の落下速度は急速に遅くなった。
そして、ふわりと着地した。
どこにもケガはなく、ホッと胸をなで下ろす。
その瞬間、今まで聞こえていなかった周囲の音が聞こえ始めた。
車の走って行く音。
人の会話。
鳥の鳴き声。
雑多の音に、周囲を見回す。
「戻って来たんだ……」
そう呟く。
腕を確認すると、針は着々と進んでいるのがわかった。
色々と確認したいことはあるけれど、まずは俺の知っている場所を当たってみよう。
そう思い歩き出す。
とりあえずは学校だな。
ここからだと家に戻るより学校へ行った方が近い。
そう思った時だった。
不意に景色がめぐり始めた。
思わずその場で立ち止まり、過ぎていく景色を唖然として見つめる。
そして数十秒後、ピタリと景色は止まった。
そこは学校の校門の目の前だ。
「無駄な移動時間は短縮できる」
そんな声がして振り返ると、空中に浮いている車掌の姿があった。
その姿にギョッと目を見開くが、普通の人間には見えていないようだ。
俺は本当に死んだんだな……。
そう、再確認させられる。
「頭の中で行きたい場所、会いたい人間を思い浮かべろ。そうすれば飛べる」
それだけ言うと、フッと姿を消してしまった。
俺は校門へと向き直った。
まずは自分の教室からだ。
そう思い通い慣れた教室を思い浮かべたのだった。
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