第29話~優志side~

車内から投げ出された俺は、暗闇の中手足をばたつかせてもがいていた。



懸命に何かに掴まろうと手を伸ばす。



しかし、俺の手に触れるものはゴォゴォと耳元で鳴っている空気だけで、掴まれるようなものはなにもなかった。



声を上げたくても、風の抵抗をうけてまともに口も開かない。



一体自分はどうなってしまうんだろう?



そんな恐怖で体が震えた。



得体のしれない電車に乗り込んでしまったのが原因でこんな事になるなんて……。



俺は風だけを感じながら青い蝶の存在を思い出していた。



気が付けば追いかけていたあの蝶はどこへ姿を消したのだろう?



みんなも、あの蝶を追いかけてこの電車に乗り込んでしまったと言っていた。



グッと瞼に力を入れて、半分ほど目を開けてみた。



強い風の抵抗に紛れてなにかが見える。



あれは……俺?



暗闇の中に浮かぶようにして現れた病室の風景。



白いベッドの上には自分自身が横になっている。



ベッドの上の俺は目を閉じ、動かない。



その横で泣き崩れている両親がいた。



ベッドの近くの日めくりカレンダーは3月5日になっている。



それを見た瞬間、俺の自分の頭を殴られたような衝撃を受けた。



そして、自分の心臓に手を当てる。



心音は……感じない。



俺はベッドの上で息絶えている自分を唖然として見つめていた。



俺はもう死んでいるのか?



さっきまで感じていた恐怖のドキドキは一体なんだったのか。



混乱する中、目の前の映像がふいに消えた。



再び訪れる暗闇。



俺はもう死んでいる。



じゃぁ、ここにいる俺は誰だ!?



自分は池田優志という人間じゃなかったのか。



けれど池田優志はすでに死んでいる。



意味がわからない!!



混乱と恐怖で思考回路はまとまらない、その時だった。



暗闇の中に黒いスーツ姿の男が現れたのだ。



その男はただそこに立っていて、ジッと俺を見ている。



あの男は……たしか電車から出て来た車掌だ。



どうして車掌がこんなところにいるんだ?



闇に浮かぶその姿はまるで死神のように見えて、俺は強く首を振った。



嫌だ。



来るな!



消えてくれ!!



しかし、車掌はゆっくりと口を開いた。



こんな中じゃ声だってまともに聞き取れないはずなのに、その声は俺の中に入りこんでくる。



「思い出せ。お前の記憶を。苦しめ。同じだけ。ここで償え」



一定のリズムでそう言う車掌。



その言葉は俺の頭の中に直接入り込み、そしてエコーがかかったように響き渡った。



ガンガンと大音量で流れる声にうめき声を上げる。



『ここで償え』



その瞬間、息を吸い込むことができなくなった。



ハッハッと小さく呼吸を繰り返す。



苦しくなって喉をかきむしる俺。



どうしてだ?



俺はもう死んでいるはずなのに、どうしてこんなに苦しい?



爪を立てガリガリと喉をかき、皮膚がめくれて血が流れ出る。



それでも呼吸ができなくて、俺は自分の手で自分の皮膚をえぐっていた。



次に胸が苦しくなり、止まっているはずの心臓が押しつぶされそうになる。



「く……あっ……」



苦しみにあえぎ、冷や汗が流れた。



この苦しみを俺は知っている。



一度、ベッドの上で経験したのと全く同じ苦しみだ。



「ど……して……」



俺は車掌へ聞く。



しかし車掌はニタリと不気味な笑顔を浮かべただけで、スッと消えて行ってしまった。



どうして、また苦しんでいるのか。



電車の中では平気だったのに、どうして……。



気がつけば、目の前に電車の窓が見えていた。



先に落下していた澪の屍が見える。



『ここで償え』



車掌の声が最後に聞こえて、俺は澪に覆いかぶさるようにして窓に落ちたのだった。

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