第28話~澪side~

あたしは真っ暗な闇の中、落ちていた。



みんなと一緒にこの電車に乗り、そして一番最初に思い出してしまったあたし。



思い出せば、外に出るしか道はない。



あるいは、あの場所で同じ苦しみを味わって死ぬだけだ。



残った仲間たちに電車内の空間がなんなのか、それを教えている時間はない。



すべてを思い出した人間は、なんの猶予も与えてもらえず苦しみながら死ぬ運命にある。



だからあたしはそれを避けるため、自分から外へ出た。



この先に死が待っていると知りながらも、苦しむよりは何倍もマシだとわかっていたから。



長い長い暗闇を落下しながら、あたしは自分の右足に痛みを感じ始めていた。



それは懐かしさを感じる痛み。



元々足が悪く、成長にも影響している病気だったためあたしは身長が低いままだった。



歩くときは足が外側へと曲がるから、ゆっくりしか歩けない。



先天性の骨の変形なのだと医師に言われていて、治療も行っていた。



だけど、治る見込みはほぼない病気だった。



それでもあたしは一生懸命に生きていた。



周囲は優しい人ばかりであたしを支えてくれていた。



だからあたしは自分にできる勉強をめいっぱい頑張っていたんだ。



おかげで県内でもかなり有名な青空学園に入ることができた。



これからも、もっと頑張って周囲の人たちに感謝の気持ちを伝えたい。



そう思って、生きていた。



それが……。



ある日突然、奪われた。



3月5日。



青空学園では全校テストの最終日だった。



すべての試験を終え、あたしは自宅へと続く道を歩いていた。



歩道橋はあるけれど足の悪いあた足はいつも信号を待って道を渡る。



この日も、そうだった。



見慣れた風景の中、あたしは青信号を確認して横断歩道を渡り始めた。



春の日差しが眩しくて目を細める。



ゆっくりしか歩けないあたしは、信号が点滅に変わるのを見た。



少し歩調を早め大きな道を歩いて行く。



時差式信号機だから、歩道が赤に変わっても少しは時間がある。



ここまで来て引き返すのは更に時間がかかると思い、あたしは足を進めていた。



その瞬間……。



あたしの右側から大きなトラックが走って来るのが見えた。



トラックは前を見ていないのか、スピードを緩めない。



あたしは焦って歩調を早める。



もう少しで渡りきる……そう、思った矢先。



あたしは足を絡ませその場で転んでしまったのだ。



一度転べば、立ち上がるのも安易ではない。



自分の背中に冷や汗が流れるのを感じる。



トラックは止まらない。



そして……ドンッ! と、ぶつかる音が響き渡り、あたしは空に投げ出されていた。



真っ青に晴れ渡った空を見て、灰色のコンクリートが見える。



あぁ、あたしの体は今空中で一回転したんだ。



そんな事を思っている間に、体は地面へと叩きつけられた。



痛すぎて、痛みは感じなかった。



トラックの後ろから走ってきた乗用車が、あたしの体を踏みつけた。



ゴキッと、どこかの骨が折れる音が体内から聞こえてくる。



遅すぎる急ブレーキの音。



あぁ……あたし、死ぬんだ。



そう思い、あたしは暗闇へと引き込まれていたのだった。



そして、次に気が付いた時あたしは事故にあったことをすべて忘れ、青い蝶を追っていた。



キラキラと輝く青い蝶はとても綺麗で、気が付けば駅のホームにいた。



黒いスーツを着た車掌さんに促されるようにして車内へと足を踏み入れ……みんなと、会ったんだ。



あたしは暗闇の中に電車の明かりを見つけていた。



みんなの姿がある。



あたしが帰ってこなくて困惑した表情を浮かべている子もいる。



「残り29ね」



あたしは小さく呟き……電車の窓にぶつかり、何も考えられなくなった。

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