第30話~朋樹side~

車掌を殴ろうとした俺の手は車掌の体をすり抜けて行った。



その瞬間、周囲の音がすべて消え俺の耳には皮膚を打つ音が聞こえてきていた。



やがてその音は徐々に近くなっていき、さっきまで車掌が立っていたその場所に映像が流れ始めたのだ。



それは俺が学校をさぼってタバコを吸う時によく行く公園で、喧嘩も専らここでやっていた。



公園内には俺と数人の男たちがいて、その男たちには見覚えがあった。



何度か俺の方から喧嘩をしかけ、毎回ボコボコにしてやった奴らだ。



こんな雑魚、何人集まろうが敵ではない。



また同じようにボコボコにして黙らせればいいだけだ。



でも、映像の中俺は違った。



俺はロープで手足を固定され、奴らに抵抗できない状態だったのだ。



俺は唖然としてその様子を見つめていた。



奴らは容赦なく俺の顔面を蹴り上げる。



俺は鼻血をふき、口から欠けた歯がこぼれ出た。



それをみて奴らは笑う。



縛られている俺は、それでも奴らを睨み付けていた。



虚ろになりそうな目にグッと力を込めている。



気絶すれば楽になれるのに、自分自身がそれを許さない。



こいつらには負けない。



そんな意思があった事を思い出していた。



でも……それが奴らの行動を更に悪化させた。



顔面や腹を好きなだけ蹴った奴らは、俺の体を抱え上げたのだ。



公園に自分たち以外の影はなく、俺は声をあげる体力すら残っていなかった。



そんな俺を、やつらは公園にある深い池へと放り投げたのだ。



体に冷たい水がまとわりつく。



必死でもがくが、手足の自由がないからズブズブと底へと沈んでいく体。



ガボッ! と口から水を大量に飲み込み、肺が圧迫される。



暗い池の中では奴らの顔もみえなくて、水が邪魔をして罵倒もできない。



苦しくて、寒くて、悔しくて……。



あれは、忘れもしない3月5日の事だった。



「朋樹、大丈夫か?」



そんな声が聞こえてきて、俺はハッと我に返った。



目の前には旺太がいる。



俺は気づかれないように小さく息を吐き出した。



そして自分の拳と、映像が映し出された板場所を交互に見つめる。



俺は今、ここにいるんだよな?



確かめるように、何度も確認する。



「ねぇ、朋樹?」



愛奈も、心配そうに声をかけてきた。



「残り30はお前たちの償い」



俺はそう呟く。



電光掲示板に出ていた数字。



アナウンスの数字。



それは重大な意味を持っている。



「え、なに?」



愛奈が聞き返してきて、俺はようやく顔を上げた。



しかしその顔があまりにも情けない顔をしていたのだろう、今まで座っていた穂香が立ち上がってこちらへ近づいてきた。



「朋樹、大丈夫?」



「俺に近寄るな!!」



と、咄嗟に叫んだ。



お前たちはまだ何も思い出していない。



俺がキッカケになって苦しませることが、辛かった。



自然と視界は歪んできて、自分が泣いているのだと言う事に気が付いた。



こんな所で泣くなんて、ダセェな。



「どうしたんだよ朋樹」



旺太は眉を寄せて俺を見る。



「残り30はお前たちの償い。スーツの男はそう言ったんだよ」



俺は旺太に向けて言う。



しかし、旺太はその意味が理解でないらしく、困った顔を穂香へと向けた。



穂香も困ったように首を傾げている。



「思い出した……思い出したんだよ、俺……」



震える声を抑えながらそう言ったけれど、うまくごまかせたかどうかわからない。



ビビッていると思われるのも嫌で、俺は窓へ向けて走った。



どうせ、こうなる運命なんだ。



もたもたしていたら、自分が余計に苦しみ、周りにも恐怖を与えるだけだった。



「ちょっと、危ないでしょ!?」



愛奈が俺を止めようとする。



しかし、俺は愛奈の静止を振り払った。



その瞬間、ズキリと胸が痛んだ。



俺は愛奈の事を……。



そこまで考えて、思考回路を遮断した。



どうせ、持っていたって無駄になる気持ちだ。



それならいっそ何も考えない方がつらくない。



「俺は喧嘩だ。それを思い出せば、すべて終わり……。俺は思い出した。だか

ら、ここから出なきゃいけねぇ」



せめてものヒントを残そうとして、俺はそう言った。



「何を言っているの、朋樹!」



愛奈が叫ぶ。



俺はチラリと愛奈へ視線を向けて……闇へと手を伸ばした。



瞬間、俺の体は闇の中の何かに引っ張られるようにして外へと引き込まれていったのだった……。

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