第33話
「愛奈、しっかりしろ!」
そんな言葉が聞こえてきてふと気が付くと、電車の中にいた。
さっきまでの虐待と同じように、あたしの舌は切断され、大量の血が椅子についているのが見えた。
でも、母親の姿はそこにはない。
あぁ……。
そうだった。
あたしはもう、死んでいるんだった。
あの日、あの狭い部屋の中で……。
あたしは残っている穂香と旺太を見た。
「思い出した! 思い出した思い出した思い出した!! 思い出したらダメなのに、外へ出るしかないのに!!」
どうして自分がここにいるのかを。
あたしは狂ったように床に頭を打ち付けた。
澪や旺太はこんな苦痛を味わう前に、自分から外へ出たんだ。
でも、あたしは遅かった。
外へ出るタイミングがずれてしまった。
だから、もう……この中で、死ぬしかない。
床に打ちつけた頭は頭蓋骨が折れ、べっこりと凹んだ。
折れた骨は脳味噌に突き刺さる。
それでもあたしは頭を床へと打ちつけた。
「あ、愛奈!!」
穂香が叫ぶ。
「澪は事故、優志は病気、朋樹は喧嘩、あたしは虐待……あんたたちは……」
あたしは穂香を見た。
そして、笑う。
電車から出るタイミングだけは気をつけて。
そう言いたかった。
あたしみたいにならないために、忠告をしたかった。
でも、できなかった。
あたしは後頭部を強く殴られ、その場に倒れてしまった。
最後の最後、母親はあの部屋であたしをバッドで殴り、殺したんだ。
そして、電車を出るタイミングを失ったあたしは、また同じように殺されることになった。
これが、あたしたちの《償い》だから……。
思い出せない~旺太side~
俺は椅子に座り、頭を抱えていた。
みんなそれぞれなにか重要な事を思いだし、そして自分から窓の外へと出て行ってしまった。
でも、俺はいまだに何も思い出す事ができずにいる。
「旺太、大丈夫?」
穂香が隣に座り、俺の手を握りしめる。
「あぁ……」
俺は力なく頷く。
穂香も少しずつ自分の事を思いだしている。
おそらく、穂香がいなくなってしまうのも時間の問題だ。
こんな場所で1人残されるなんてことを考えるだけで、鳥肌が立つ。
できれば2人で脱出する方法を考えたい。
「なぁ穂香」
「なに?」
「お前は思い出さないでくれ……なんて、無理だよな?」
穂香は俺の言葉に目を見開き、そして寂しそうにほほ笑んだ。
「きっと、無理だと思う。みんなここで何かを思い出して、そしていなくなる。それがこの電車の行先なんだと思う」
この電車の行先……。
俺はギュッと穂香の手を握りしめた。
「ここから出る方法は……?」
そう聞くと、穂香はゆっくりと首を左右に振った。
それはまるで、すべてを思い出したかのように思える仕草だった。
不安が、俺の胸に渦巻く。
「ねぇ旺太。思い出した時に、思い出してほしい事があるの」
「え?」
「あたしたちは、また会える。必ず、会えるから」
そう言うと、穂香は俺の手をそっと離し立ち上がった。
「待って、待ってくれ穂香!」
咄嗟に穂香の手を掴む。
不安で胸が押しつぶされそうだった。
どうして自分だけ思い出さないのか、わからないことが恐ろしかった。
「全部……思い出したんだろ?」
そう聞くと、穂香は小さく頷いた。
「教えてくれないか。この空間の事。これから俺がどうすればいいか」
その質問に、穂香は困ったような表情を浮かべた。
「旺太が一番最後なのは、きっと心が綺麗だからじゃないかな」
「え……?」
「あたしたちとは、少し違うから」
「何、言ってるんだよ。違うってなんだよ?」
「あたしたちは苦しんでた。生まれつきでも、途中からでも、みんな苦しんでいたの。でも、旺太は違う」
消えそうな声でそう言い、穂香は俺の手をそっとどけた。
俺は何も言えず、その場に立ち尽くしていた。
穂香は笑顔を浮かべたまま窓へと近づいていく。
「じゃぁ、またね。旺太」
「穂香!!」
咄嗟に手を伸ばす。
しかし俺の手は穂香には届かない。
穂香の体は一瞬にして暗闇へと吸い込まれてしまったのだった……。
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