第13話
今のところ、この空間でわかっていることはごくわずかだった。
全員が青い蝶に誘われるようにして電車に乗った事。
みんなの力や体調が平等になっていること。
そして、みんな一様に何か大切な事を忘れているという事だった。
しかも、どれも曖昧で輪郭がぼやけている。
大切な部分はまだなにもわからないままだ。
色々と推測を立てて見ても、どれも信憑性に欠けていて、結局また黙り込む結果になってしまう。
それを何度か繰り返して沈黙が訪れた時、突然ドンッ! という大きな音が聞こえてきてあたしたちは全員動きを止めた。
「な……なに、あれ!?」
最初に声を上げたのは愛奈だった。
愛奈は青ざめた顔で窓を指さしている。
それは開けられた窓と正反対に位置する窓で、愛奈の指に誘導されるようにあたしたちは視線を移動させた。
そして、視界の中に飛び散った血が入ってきた途端、あたしは「ひっ!」と、息を飲んだ。
窓の外側は血にまみれ、その中に人間の潰れた顔が浮かんでいたのだ。
「澪……?」
優志が震える声でそう言う。
あたしは浮かんでいる顔に釘付けになったまま、澪と窓の顔とを一致させた。
ほぼ原形が失われている顔だけれど、着ている服を見るとついさっきまでここにいた澪のものと同じなのだ。
澪はまるで高い場所から落下して、顔面から地面に着地したような状態で、目や鼻は潰れ血にまみれたミンチ肉が窓にへばりついているように見える。
「な……なんでだよ!?」
わけがわからずパニックになりそうな悲鳴をあげる朋樹。
澪の体は窓にへばりついたままで、下に落ちる気配はない。
こんな状態、あり得ない。
無重力状態なら人間の力は均等になるかもしれないが、ここに重力は存在している。
そう言っていたのは澪だ。
それなのに、なんで澪の体は窓にへばりつき、浮かんだままなんだろう。
その異様な光景から目を離したくても、離れない。
澪は落ちて来た。
間違いなく、開いている窓から外へ出て、そして逆側の窓に落ちて来た!!
あたしはいつの間にか後ずさりをしていたみたいで、椅子に足がぶつかった。
「あたし……気持ち悪い……」
そう呟き椅子に座る。
「おい、これどうするんだよ一体!!」
朋樹が叫ぶ。
「そんなの知らないわよ!」
愛奈が悲鳴に近い声で返事をする。
誰も澪が落ちて来た窓に近づくことはできなかった。
「このままにしておくしかないだろう」
青い顔をしているが、旺太が冷静にそう言った。
その言葉に、みんなの視線が旺太に集まる。
「気持ちの悪い死体をこのまま置いておくの!?」
愛奈が叫ぶ。
その目には涙が滲んでいる。
「じゃぁお前が掃除するのか? 得体のしれない闇の中に出て、澪の死体を移動させることができるのか!?」
旺太が声が荒げて言った。
誰も、そんな事はできない。
愛奈はグッと言葉に詰まり、澪の死体を見ないように視線をそらした。
もしかしたら澪が助けを呼んでくれるかもしれない。
そんな期待も、澪の死と一緒になくなってしまった。
それどころか、外が車内よりもずっと危険だと言う事もわかった。
一体なにがどうなって澪が落ちて来たのかはわからないけれど、あたしたちはここから出る事はできない。
完全に車内に閉じ込められたことになるのだ。
考えれば考えるほど、胃がギリギリと締め上げられるような感覚がする。
あたしは澪の死体から目をそらし、涙をぬぐったのだった。
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