第17話

暗闇に支配された電車の中、あたしたちは4人席に座っていた。



いつ優志の体が降ってくるかわからないから、降ってくる窓とは逆側の席だ。



「この空間の事はいくら考えても憶測でしかない。だから、今度はもう少し自分たちの事を話そうと思うんだけど、どうかな?」



旺太がそう言い、みんな一様に頷いた。



これ以上色々と議論していても、結局答えなんて見つからないのだ。



それなら自分たちの事を話して理解を深めた方がいいかもしれない。



「みんながここへ来たのは青い蝶を追っていたからだよな? それは一致しているけれど、その前は何をしてたんだ?」



旺太がそう聞き、あたしは瞬きを繰り返した。



「蝶を追いかける前……?」



「そう。どこで蝶をみかけて、どこから追いかけていたのか」



「そういえば、記憶にない気がする」



愛奈が答える。



「あたしも。気が付いたから青い蝶を追いかけてた」



あたしは今日の自分の記憶をたどる。



朝何時に起きて、何を食べたのか。



全く思い出せない。



それどころか、今日は学校がある日なのかどうかもわからない。



「俺も蝶を追いかける前の事は覚えてねぇな」



朋樹が答える。



「やっぱり、みんなそうか……」



「『やっぱり』って事は、旺太も覚えてないの?」



そう聞くと、旺太は真剣な表情で頷いた。



「全く覚えてないんだ。俺も、気が付けば外にいて青い蝶を追いかけていた」



その言葉にみんな黙り込んでしまった。



この空間が仕組まれたものだとしたら、相手はかなり綿密に計画を立てあたしたちの私生活にまで入り込んでいたことになる。



「みんな記憶がないのなんておかしいよね。誰かがあたしたちの記憶を操作してるのかも」



愛奈が言う。



「そうかもしれない。車内以外が真っ暗なのは、俺たちを何かの暗示にかけるためかもしれないしな」



旺太が答える。



やっぱり、そういう考え方になってくるよね。



「1つ、おかしい事があるんだ」



朋樹がそう言った。



「おかしい事?」



あたしは聞く。



「あぁ。俺、蝶を追ってたどり着いた駅も、この電車も全く見覚えがねぇんだよ」



「あ、それはあたしもだよ。こんな電車知らない」



そう答えると、愛奈と旺太も頷いた。



「なぁそれっておかしくないか? 蝶を追いかけていて迷子になったとしても、全く見覚えなのない場所まで来るか?」



「それは……ないわよね。小さな子供ならともかく、あたしたちが蝶に夢中でどこかもわからない場所に来るなんて」



愛奈が言う。



だけど、実際にそんな事が起こってしまった。



知らない駅。



知らない電車。



自分の家がどこにあるのかも、わからない状況だ。



「あ、でも……今日は休日だったんだね」



あたしはふと面々を見回してそう言った。



「え? なんで?」



「だってほら、みんな私服だもん」



そう言うと、みんなは自分の来ている服に視線を落とした。



「本当だ……」



旺太が呟く。



蝶を追いかけるより前の記憶がないから、朝どんな服に着替えたのかも覚えていない。



ここで、ようやくみんな自分がどんな服を着ているのかを確認したみたいだ。



あたしは普段からよく着ている薄ピンク色のパーカーにジーンズ姿だ。



「そうか、今日は休みの日だったのか」



そう言う旺太は自分の私服を見て首を傾げている。



旺太はロゴ入りのTシャツに濃い色のジーンズという格好だ。



「旺太、どうかしたの?」



「いや、休日はいつも朝からサッカーの練習をしているんだけど、ユニフォームじゃないのが気になってな」



「そうなんだ?」



「あぁ。大会が近いから休みのハズがないのに、おかしいなと思って」



「大会っていつなの?」



そう聞くと、旺太は口を開きかけてそのまま何も言わずに口を閉じてしまった。



「旺太?」



「……今日って、何月何日だ?」



その質問に、全員の表情が凍りついた。



今日は何月何日か?



そんな単純な質問に、あたしの思考回路は停止する。



「……わからない」



答えたのは愛奈だった。



愛奈は青い顔をしてうつむいてしまった。



でも、あたしも同じ気持ちだった。



日付が全くわからないのだ。



今日の日付だけじゃない、昨日が何月何日なのか思いだせないのだ。



「忘れていることや違和感ってこれのことかもしれねぇな」



朋樹がそう言う。



何か大事な事を忘れている。



それはあたしたちの日常生活のことかもしれない。



でも……。



でも、それだけじゃない気がする。



なんだかわからないけれど、もっと、重大な何かを忘れているような気がするんだ。

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