第18話
いくら思いだそうと頑張ってみても今日の日付が出てこなくて、あたしは大きくため息をはきだした。
自分の名前や学校名はすんなり出てくるのに、どうして日付は抜け落ちているんだろう?
これも、この空間を作った人間のたくらみなんだろうか?
でも、なんのために?
こんなに混乱させて、一体なにが目的なんだろう?
また思考回路が迷宮へと入り込もうとした、その時だった。
ドンッ!!
と大きな音が車内に響き、車両が揺れた。
一瞬にして凍りつく空気。
それがなんの音なのか、みんなすでに理解していた。
「い……嫌……」
窓へ視線を向けてそれを見ていた愛奈が小刻みに震え始める。
その恐怖が痛いほどあたしの中に入り込んでくる。
「あ、愛奈……落着いて」
あたしは愛奈の手を握りしめた。
愛奈を落着かせるために握りしめたあたしの手も、小刻みに震えている。
あたしと愛奈は窓の方を見ないようにうつむいていたが、旺太が1人席を立った。
「俺、確認してくる」
そう言い、4人席から出た。
その時だった。
うつむいていたあたしの目の間に、窓にへばりついて全身から血を流している優志の姿が見えたのだ。
ハッとして顔を上げ、思わず窓の方を向く。
そこには……さっき一瞬だけ見えた優志の姿がそのままあったのだ。
優志の顔は半分が崩れ、半分だけ原形をとどめている状態だ。
残っている方の目は大きく見開かれ、血走っている。
口元は恐怖で歪み引きつっている。
優志の死に顔は悲惨そのものだった。
暗闇の中で一体なにがあったんだろう?
どれほどの恐怖を味わって死んだんだろう。
考えれば考えるほど気持ちは暗く沈んで行く。
「優志も……死んだ……」
朋樹が呟くように言った。
「外は重力が狂っているのかもしれないな」
席に戻って来た旺太がそう言う。
「どういう事?」
青い顔をした愛奈が聞いた。
「こちらから見て右側の窓から出て、左側の窓へ落ちてくる。外の重力は左側の窓へと引っ張られているんじゃないか?」
「それは、なんとなくわかるけど。でも、2人ともどこを通って左の窓に落ちて来たの?」
「そこまではわからない。でも、外の空間はグルッと一周してこの電車に戻ってきているんだろうな」
右から出て、左に落ちる。
外の空間は一周して繋がっている。
それじゃまるで、ここは現実世界じゃないみたい……。
「いくらお金持ちでも、いくら実験でも、こんな空間を作る事って不可能じゃない?」
あたしは視線を下に向けて言った。
「確かに現実離れしているかもしれないけれど、でも実際に起こってるだろ?」
旺太が優しく言う。
「これが、今、この瞬間が、全部夢だってことはないよね?」
あたしはそう言いながらゆっくりと顔を上げた。
夢がいい。
夢であってほしい。
そんな願いを込めた言葉だった。
「目が覚めたらいつもの自分の部屋で、変な夢だったなぁって。ね? そう考えるのが一番まともだよ!」
あたしは明るい声でそう言った。
夢なら喉は乾かないし、トイレに行く必要もない。
どんな事が起きても『なんだ、夢か』と言えば消えてなくなるような事なんだから。
だけど、夢だと思い込むには窓の外の2人の死体があまりに生々しくて……あたしは顔から笑顔を消した。
「俺も、そう思ってるよ。こんなの、夢に決まってる」
少し悲しそうな顔で、旺太はそう言ったのだった。
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