第039話 呼び捨て

「たっくん、はい、あーん」

「い、いや、恥ずかしいよ、姉ちゃん」

「別にいいじゃない、恋人同士なんだし、ね?緋色ちゃん」

「そうよ、次は私なんだから、早く食べてよね」


 僕は両脇を夏美姉ちゃんと緋色さんに挟まれてご飯を食べることになった。


 それはいいんだけど、二人は恋人同士になった途端、僕にアーンをして食べさせようとしてくる。二人きりならまだしも他の誰かに見られているのはとても恥ずかしい。とはいえ緋色さんも恋人なのだから、慣れるしかないんだろうなぁ。


「わ、分かったよ、あーん」


 僕は諦めて姉ちゃんから差し出された料理を食べる。


「どう?おいし?」

「うん、美味しいよ、流石姉ちゃん」

「やったね!!」


 尋ねる姉ちゃんに僕はニコリと笑って答える。


 夏美姉ちゃんの料理はおいしいし、夏美姉ちゃんに食べさせてもらうのも嬉しい。そして僕がおいしそうに食べると笑顔になる姉ちゃん可愛い。幸せだ。


 夏美姉ちゃんと恋人同士になれたのは本当に嬉しい。


「次は私の番よ。ほ、ほら、あーん」


 夏美姉ちゃんからの料理を食べ終わると、今度は緋色さんだ。もちろん緋色さんは滅茶苦茶可愛いし、客観的に見て贔屓目無しで夏美姉ちゃんと比べて劣っていると事があるわけじゃない。


 だからこんな人と恋人であることはとんでもない幸運だと思う。


 でも元々異性としての好意を持っていた姉ちゃんと違って、友人だと思っていた相手が突然恋人になるので今は戸惑いの方が強い。


 それでも真剣に向き合うと言ったのだからきちんとする。


「あ、あーん」


 僕たちはお互いぎこちなく本当に初々しいカップルと言った雰囲気で食べさせてもらう。夏美姉ちゃんとは付き合いが長いからなんとなくその延長って感じで出来たけど、緋色さんとは急激に距離が近づいたので、お互い距離を測りかねている。


「ど、どう、美味しいかしら」

「う、うん、美味しいよ」

「う、嬉しい……」


 モジモジしながら尋ねる緋色さん。なんだか自分も釣られるように恥ずかしくなってモジモジしながら返事をする。緋色さんは僕の返事を聞いて、頬を真っ赤にしてはにかんだ。


 夏美姉ちゃんとは全く違う初心な反応で、僕は思わずドキリとした。


 学校では結構さばさばしている感じだけど、絡まれている所を助けた後からいつもと違って女の子らしさが溢れていてドキドキしてしまう。


 それが恋人という関係になったことでより意識するようになったし、元々可愛いのもあって、僕もその可愛らしさに彼女を真っすぐ見ることができない。


「全く初々しいね!!はいはい、どんどん食べてね!!あーん」

「う、うん、あーん」


 今度はまた夏美姉ちゃんに食べさせてもらい、緋色さんと交互に食べ終わるまで続いた。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。たっくん、リビングで休んでて良いよ」

「私手伝います」


 ご飯を食べ終わると、夏美姉ちゃんが食器を片付け始め、それを緋色さんが手伝い出す。


「そう?緋色ちゃん、宜しくね」

「はい、夏美姉様」


 しかし、緋色さんに手伝ってもらう予定はなかったのか、夏美姉ちゃんは最初少しだけ戸惑った後、手伝いを頼み、緋色さんは返事をした。


「あ、緋色ちゃん、それ止めようよ」

「え?」


 しかし、緋色さんの返事を聞いた途端、夏美姉ちゃんがそんなこと言いだした。緋色さんは何のことか分からずに困惑している。かくゆう僕も意味が分からずに意味を測りかねていた。


「敬語よ、敬語」

「敬語……ですか?」


 夏美姉ちゃんの言葉に僕には何となく理解できた。しかし緋色さんとしては先輩に敬語を使わない理由が分からないと言った感じだ。


 夏美姉ちゃんは仲良くなると敬語とか嫌うからなぁ。そのことを知らないと分からないのも無理はない。


「うん、私達たっくんの彼女になったわけじゃない?」

「は、はい、そう……ですね」


 夏美姉ちゃんは緋色さんに丁寧に説明を始める。


「ということは立場は同じなわけ。だから、もっと気安く敬語無しで話しかけて欲しいな。それから様とかいらないからね」

「えっと……夏美、分かったわ。こ、これでいいかしら」

「うんうん、いいね。私も呼び捨てするね」


 説明を受けた緋色さんは、少し言いよどんだ後、意を決して敬語無しで話し、夏美姉ちゃんに確認する。夏美姉ちゃんは緋色さんの喋り方を聞いて満足そうに頷いた。


「ふぅ。分かったわ。いきなり変えるのは大変だけど、頑張るわ」

「そうそう、その意気よ。それから、たっくん」

「ん?何、夏美姉ちゃん」


 緋色さんが頑張って敬語無しで話そうとしている姿に頷くと、今度は僕を呼ぶ。僕は返事をした。


「そう、それ」

「どれ?」


 しかし、いつものように返事をしたのは何か間違いだったらしい。


 僕は何が悪いか分からないので聞き返す。


「姉ちゃん、はもういらないよね?」

「え、それも駄目なの?」


 まさかそれも駄目だとは思わず、僕は驚いて夏美姉ちゃんに問いかけた。


「恋人になったんだから呼び捨てにして欲しいな」

「そうね。私も呼び捨てが良いわ」


 二人から懇願するような視線が僕に集中する。


「わ、分かったよ、な、夏美、ひ、緋色、こ、これでいいんでしょ?」


 僕は恥ずかしいけど、精一杯、普通に呼ぶように心がけた。


「うんうん、それでよし!!」

「~~!?」


 夏美姉ちゃんは腕を組んで首を何度も縦に振り、緋色さんは瞬間沸騰器のように顔を一瞬で真っ赤にしてうつむいた。


 緋色さんは反応の本当に一つ一つが初心で、僕も恥ずかしいと同時に、そんな彼女に夏美姉ちゃんとは別にドキドキしてしまう。


「あらら、緋色には少し早かったかな?」

「う、ううん、嬉しいだけだから、大丈夫」


 夏美が緋色をからかうように笑うと、緋色は顔を上げて嬉しそうにはにかんだ。


「うふふ、それじゃあ、緋色、洗い物いこ」

「わ、分かったわ」


 緋色の様子に気を良くした姉ちゃんはテンション高めに緋色を誘う。


 二人はキッチンに食器を持っていき。洗い物を始めた。僕は二人の邪魔をするのも悪いので、リビングでソファーに座り、テレビをつけてゆっくりする。


 気づけば、僕は意識を失っていた。

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