第042話 二人の時間
「それじゃあ、私は先に上がるわね?」
「う、うん、分かったよ」
湯船に浸かって体の芯から温まった僕たちはそろそろお風呂から上がることにする。緋色がザバリと湯船から腰を上げると、湿ったバスタオルが体に張り付き、水滴が肌の上に浮いている。その姿はとても艶めかしい。
緋色の行動を何とはなしに眺めていた僕は、すぐにチラ見しつつ、目を反らした。
「も、もう……エッチね!!」
僕の行動に気付いた緋色は、視界の端で自分の姿を確認して恥ずかしそうに胸元を隠しながら、更衣室の方に歩いて行った。
ビシャビシャのまま更衣室に入る訳にもいかないので、その前に体を拭く必要があるだろうから、僕は緋色の方に背を向けて湯船に顔を沈ませ、ブクブクと泡をだして気を紛らわせた。
「もういいわよぉ~」
暫くすると緋色から声が聞こえたので、湯船から上がり、更衣室で着替えて外に出る。
「あれ?待っててくれたの?」
「う、うん。私はこれでもご、ご主人さまのメイドだから……」
「ぶほっ」
更衣室の外には真新しいメイド服に身を包んだ緋色が立っていた。僕の疑問にモジモジして顔を赤らめ、視線を外し、髪の毛を弄びながら答える緋色の言葉に、僕は息を噴き出した。
いつもさばさばしている系女子の恥ずかしがるメイドさんの破壊力が本当に高すぎてヤバすぎる件……。
「ど、どうかした?」
「い、いや、なんでもないよ」
「そ、そう……。これから拓也君はどうするの?」
僕の様子に困惑気味に尋ねる緋色に、僕は慌てて手と首を振る。予定を確認された僕はスマホを確認すると、すでに時間は午後九時を回っていた。
「そうだね、この後は寝るまで執筆部屋で仕事かな」
「そう、分かったわ。飲み物持っていくわね」
今後の予定を伝えると、緋色がニッコリと笑って答える。
「ありがとう。緋色は別にそんなことしなくてもいいのに……」
「い、いいの。私がしたいからしてるの」
「そ、そっか」
お客様である緋色に何かさせるのは本当に申し訳ないので苦笑いを浮かべる僕に、緋色は頬を再び赤く染め、少し俯いて恥ずかしそうに答えた。
緋色の普段のギャップに暫くの間慣れそうにない……。
やはり僕に呼び捨てで呼ばれるのにまだ慣れていないんだと思う。僕も落ち着いたからまた呼び捨てで呼ぶように意識しているけど、中々慣れない。
これは時間が解決してくれるのを待つしかないと思う。
僕は執筆部屋で仕事を始める。
「入るわよ」
「ん~」
仕事としていると誰かの声が聞こえたような気がしたので、なんとはなしに返事をした。
あともう少しでひと段落する。僕はひたすらにキーボードを叩き続けた。
「ふぅ~、これでひと段落……」
キリのいいところまでかいた僕は背もたれに体重をかけてグーっと背を伸ばす。
「拓也君って本当に凄いのね」
「え!?」
唐突に隣から聞こえた声で僕は体をのけ反らせながら、声の発信源の方に視線を向けた。視線の先にはメイド服に身を包んだ緋色が僕を見つめていた。
「え、あ、来てたんだ?」
「ええ、三十分くらい前からね」
なんとか言葉を紡いだ僕に、緋色は軽く肩を竦めて答える。
「え?気づかなくてごめんね」
「いいわよ、邪魔したくなかったし。それにしても凄い集中力だし、指の動きなんてほとんど見えなかったわよ?」
「別にそんなにたいしたことないと思うけどなぁ。他の人を知らないから何とも言えないけど」
僕は申し訳なくなって俯くと、緋色が僕の事を褒めてくれた。僕は恥ずかしくなって頭を掻いて誤魔化す。
「私はタイピングのスピードを知る機会があったから分かるわ。多分日本でもトップレベルのスピードね。多分世界狙えるわよ?」
「そんな大げさな……」
「大袈裟じゃないわよ。拓也君は自己評価が低過ぎね。もっと自分に自信を持った方が良いわ」
「わ、分かった。頑張るよ」
真顔で僕に説明する緋色に、思わずそんなことはありえないだろうと返事をすると、緋色は呆れたような表情と仕草で僕を諭す。
確かに夏美姉ちゃんと緋色の二人に好かれているのだから、彼氏としてもう少し自信をもって生活した方がいいかもしれない。
二人もオドオドしているよりも堂々としていた方が嬉しいと思うし。
「ちょうどキリが良いみたいだし、少し休憩しましょ」
「そうだね」
夏美が設置したばかりのテーブルとソファーを視線で示したので僕は首を縦に振った。
僕と緋色はソファー腰を下ろす。緋色は僕の左側に腰を下ろして、唐突に僕の腕に自分の腕を絡める。
「ち、近くない?」
「だ、だめかしら……」
緋色は恥ずかしそうに俯いて僕を上目遣いで目をウルウルさせて僕に尋ねる。
そんな顔されたら断れるわけがない。
「い、いや勿論いいよ?」
「嬉しい……」
僕が了承すると、彼女の顔が本当に幸せそうに歪んだ。その表情を見て僕は本当に緋色は僕のことがすきなんだなぁと今更ながらに自覚した。
それと同時にいつもこんな顔をしていて欲しいという気持ちが沸いてくる。
「こんなことくらいならいつだって構わないよ」
「うふふ、ありがと」
僕と緋色は二人の時間を堪能し、僕は再び作業へと戻り、緋色は部屋の外へと出ていった。
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