第041話 混浴

「姉ちゃん、バカっていないで緋色さん気を失っちゃったんだ」

「あ、ホントね。頭は打ってない?」


 僕はとっさのことでいつもの呼び方が出てしまったけど、夏美姉ちゃんはそのことを掘り返すこともなく、冷静に確認を取る。


「えっと、多分。最初は僕の上に落ちたから」


 あの時気が動転していたけど、確かに僕の背中の上に落ちたから大丈夫だったはず。


「それなら多分大丈夫よ。えぃ」


 僕の言葉を聞いた姉ちゃんが、緋色さんの額をトンと指で押した。


「ん……んん……あれ?ここは……」


 その結果、横たわる緋色さんの眼がゆっくりと開き、首を少し動かして辺りを探るように見る。


「あ、目を覚ました。僕の家のお風呂だよ。緋色さん、滑って転んで気を失ってたんだ」

「そ、そうなのね……。えっと……顔が近いんだけど?」

「う、うん。僕も離れようと思ったんだけどね、ちょっとこれがね……」


 僕が話しかけると、体が動かせないので僕の顔から視線だけ逸らせて、今の状況を尋ねる緋色さん。僕は僕の体に絡みついている緋色さんの腕と足に視線をやりつつ、最後までは言葉にしなかった。


「え、あ、ご、ごめん!!」

「いいよ、大丈夫」


 僕の視線の意味に気付いた緋色さんは僕の体からすぐに腕と脚を放して、申し訳なさそうな表情で謝るけど、僕は立ち上がりながら首を振る。


 不可抗力なんだから謝る必要なんてない。


「ところで、僕もスッ転んだんだけど、幸い僕の背中の上に緋色さんが落ちて、床に頭打たなくて済んだから大丈夫だと思うけど、どこかおかしなところはない?」

「そ、そうなのね、ありがと。……うーん、とりあえず大丈夫そうよ」


 彼女は上体を起こして僕に礼を言った後、上半身を体操のように動かしていたけど、特に問題なかったらしい。


「ならよかった」


 僕は緋色さんに怪我がなくて安堵した。


「うふふ、心配してくれたのね」

「そりゃあ、彼女が頭打ちそうになったら、心配もするよ」


 僕が思いきりため息を吐いたのを見て、嬉しそうに笑う緋色さん。


 彼女がどこかで転びそうになっても心配しない彼氏はちょっとヤバいと思う。少なくとも僕は心配になる。


「そ、そう……。彼女なのよね……」

「そうだよ?」


 彼女は戸惑いがちに呟くので僕は肯定するように頷いた。


「まだあまり実感できないけど、こういうことがあると実感できそうだわ」

「え!?また転ぶつもり?」


 緋色さんは少し視線をさげ、自分の手を見ながら呟いたんだけど、その内容に僕は驚いて叫んでしまった。


「違うわよ!!こうやってちゃんと心配してくれて、私に心を配ってくれるとってこと!!」

「ああ、なんだ……そういうことか」


 緋色さんの僕の勘違いを正す叫びに腑に落ちる。


 僕もまだ実感はないから、その気持ちは分かるけど、友人という立場だった時よりも意識しているのは確かだから、きちんと向き合っていけば、徐々に相手を大切だと思えるようになる気がする。


「ほらほら二人とも話をするのもいいけど、それよりも前にやることがあるでしょ。二人とも体を流して、体を温めないと風邪をひくよ」

「そうだった!!」


 緋色さんは転んで僕ともつれて転がったせいで服がずぶ濡れだし、僕の石鹸が付いてしまった。僕は緋色さん助けるのに夢中で動いたので泡を付けたままで真っ裸だ。


「あっ……」


 緋色さんは僕の一部分に注目していた。それもそのはずタオルなんてしてないんだから。


「え、えっと、見てないから!!」


 緋色さんは咄嗟に手で目を隠したけど、明らかにスキマが開いていてそこから凝視しているのが分かった。


 緋色さんも興味あるんだなぁ。


「ご、ごめん」


 僕はそう思いながらも、変な物を見せた謝罪をして、すぐにシャワーの所に走り、タオルを巻きはじめた。


「ほら、緋色も服を脱いでたっくんとお風呂に入っちゃいなよ、私が着替え持ってくるから」

「えっ!?」


 僕がタオルを巻いてる後ろで夏美姉ちゃんが緋色さんにもお風呂に入るように促すと、緋色さんから驚きの声が聞こえる。


 そりゃあ驚くよね。普通恋人になって初日に一緒にお風呂なんて入ったりしないし。


「ん?なにかおかしなこと言った?」

「い、いえ、なんでもないわ」

「え?」


 先程よりも声が遠い。おそらく不思議そうに首を傾ける夏美姉ちゃんに、緋色さんが何も言わなかったんだと思うんだけど、僕はそのやり取りに思わず声を漏らして後ろを振り向いた。


 しかし、二人は既に更衣室へと移動し始めていて声を掛けるには遠く、タイミングを失ってしまった。


 まぁ緋色さんがまさか入ってくるなんてことはないよな。あれはその場の方便に違いない。


 僕はひとまず体を洗い流し、一番オーソドックスな湯船に浸かる。


「あぁあああああああ」


 やはりこの瞬間は誰でも声が出てしまうと思う。少し冷えた体にお風呂のお湯が染み渡る。僕はお湯を救って顔を洗うと、湯船の奥の縁に背中を預けてゆったりとした。


「し、失礼するわよ」


 暫くボーっと浸かっていたら緋色さんの声が聞こえた。


「え!?ほんとに来たの!?」

「べ、別にいいでしょ?恋人同士なんだし。バ、バスタオルは取らなくてもいいわよね?」

「そりゃもちろん」


 緋色さんがバスタオルを巻いてやってきたので僕が驚きの声を上げると、緋色さんは恥ずかしそうにしながらもバスタオルを巻いたまま、風呂に浸かった。


「ふぁああ……。それにしても本当に凄いお風呂ね……」

「緋色さんなら僕より稼いでる筈だから出来ると思うけど……」


 少し控えめだけど、僕と同様に恍惚の声を漏らしてお風呂に浸かった後、改めてお風呂を見回して感想を言う。僕はコスプレユーチューバ―として人気を博していた緋色さんの方が稼いでると思うので、苦笑してしまう。


「そんなことないわ。そ、それにダンドリの商品たくさん買ってたから……」


 僕の疑問に、緋色さんは初めは普通に首を振ったんだけど、その後恥ずかしそうに俯きながら答えた。


 一体どれだけダンドリに使ってくれたんだ……。

 そこを聞くのは野暮だと思うし、それ以上に怖い。


 そこの部分は触れないとして、僕の作品をそこまで隙になってくれるなんて本当に嬉しい。


「そ、そっか。本当にダンドリが好きなんだね。ありがとう……僕の作品をそんなに好きになってくれて……」

「ううん、こちらこそ、私を救ってくれてありがとう」


 僕は嬉しさで自然と頭が下がった。そんな僕を見て緋色さんも頭を下げた。


「えへへ、照れるね」

「そうね」


 僕達はなんだかおかしくなって、お互い笑い合いながら、暫くの間一緒にお風呂を楽しんだ。お互い少しずつ距離を詰めて、いつしか肩が触れ合う距離で語り合っていた。

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