第012話 初めての同伴

「姉ちゃん、歩きにくいんだけど」

「えぇ~、別にいいじゃない。久しぶりなんだし」

「何がいいのか分からないよ」


 自宅を出た僕と夏美姉ちゃんは連れ立って学校への通学路を歩く。姉ちゃんは僕の腕をとって自分の腕を絡ませ、ギュッと自分の胸を押し付けている。


 姉ちゃんの柔らかなマシュマロに包まれて腕が幸せだけど、正直周りの視線が痛い。


 羨ましそうに見る人。

 ぽかーんと呆ける人。

 僕に敵意を向ける人。

 見世物を見るような目の人。


 その視線の種類は様々だけど、百人が百人、すれ違えば振り返るような美少女が、僕みたいなパッとしない男と腕を組んで歩いているのはとても目立つ。


 僕はそんな好奇の視線に晒されながら歩道を歩く。


 学校は自宅から歩いて二十分程度の場所にある。自宅が学校から少し離れている理由は、温泉が湧く場所だったというのもあるけど、僕が歩くのが好きだからだ。結構歩いてると色々なアイディアが沸いてくるし、のんびりと色々な風景を見ながら歩くのが昔から好きだった。


 よく皆に枯れているなんて言われていたな。


 針の筵状態で二十分も歩き続き続けるのは正直居心地が悪いけど、姉ちゃんにそんなことを言えないし、言うつもりもない。姉ちゃんが満足するならそれでいいんだ。


「こうやって一緒に歩くのも久しぶりだね」

「うん、そうだね」


 高校入学以降ずっと疎遠になっていたので、確かに一緒にいるのは昨日含め本当に久しぶりだ。


 疎遠になった理由は主に僕側の理由が大きい。


 主な理由は三つ。


 自分が根暗でパッとしない男であること。

 姉ちゃんが滅茶苦茶リア充で僕が引け目を感じて避けるようになったこと。

 避けるようになったタイミングで僕の仕事が滅茶苦茶忙しくなったこと。


 以上だ。


 今はもう忙しさは落ち着いてきたし、今朝姉ちゃんが認めてくれて、褒めてくれたおかげ、ほんの少しだけ自信が持てた。だから、姉ちゃんが僕から離れるその時まで一緒に居ようと思った。


「高校に入ってから全然会えないんだもん。心配してたんだから……」

「ごめん、滅茶苦茶忙しかったから……」


 姉ちゃんが隣で僕の方を向いて悲し気な表情になったので、ぼくは本来の理由を告げることはせずに、都合のいい理由だけを言って謝る。


 本当の理由を言ったら、もっと悲しくなると思うし、今朝の事があったので本当の理由はもう割とどうでもよくなってきたってのもある。


 それと同時に、僕は自分の都合で、姉ちゃんに悲しい思いをさせてしまっていたんだと理解した。


「もういいよ。だって今はこうやって一緒にいれるし」

「うわっ!?もう……ちょっと歩きづらいよ」


 話の途中で姉ちゃんが突然僕の腕を思いきり抱き寄せ、僕の腕をギュッと抱きしめたせいで、僕は危うく体勢を崩しそうになる。


 流石に危ないので姉ちゃんに文句を言った。


 しかし、実はこれでもかと柔らかさの暴力が僕の半身に襲いかかって来て、結構幸せな気分だったりする。


「えぇ~、ホントは嬉しいくせに~」


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、ニヤニヤしながら僕を見つめる夏美姉ちゃん。


「な、なんのこと?」


 僕は姉ちゃんの笑みに思わずドキリとして


「だって、たっくんってオッパイ好きじゃない?」

「はぁ!?」


 余りに確信的な言葉に僕は思わず叫んでいた。


 え?なんで?どうして?


 僕の中で様々な疑問符が飛び交う。


「違うの?」

「いや……違わないけど」


 姉ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


 否定してもどうせ白状させられるので、ぼくは不承不承と言った感じで小声で肯定する。


「ふふふ、やっぱり。たっくんてば私の胸が大きくなってからよく見てたからね」

「~~!?」


 姉ちゃんの言葉に衝撃を受けた。


 確かに僕は姉ちゃんの胸が大きくなり始めてから、いつもその母性の塊の目を奪われていた。


 女性の胸に目を奪われるのは男の悲しい性。それが好きな女の子となれば、より一層興味を持ってしまうのは仕方ないと思う。


 でも、タイミングを見計らったり、バレないように見ていたつもりだったのに、姉ちゃんには完全にバレていたらしい。


 うわぁ…滅茶苦茶恥ずかしい!!


「し、知ってたの?」


 僕は思わず声を上擦らせて尋ねた。


 今の自分の顔は茹で蛸みたいに真っ赤になってると思う。


「あれだけ見られてたら誰でも気づくよ」

「ご、ごめん。嫌だったでしょ?」


 困った弟を見るような目で僕を見る夏美姉ちゃんに、嫌な思いをさせてしまったと頭を下げる。


「んーん、全然嫌じゃなかったよ?」


 姉ちゃんは嘘をついてるような素振りもなしに首を振って答えた。


「え?どうして?」

「んー、たっくんは私にとって特別だからかな?」


 僕が間抜けな顔で問いかけると、姉ちゃんはひまわりのようにパッと花開いた笑顔を見せてくれた。


「え?どういうこと?」

「なーいしょ。でも、これからはもっと堂々と見て良いからね?」


 さらに分からなくなって問い返す僕に、夏美はニシシと笑って答えをはぐらかした後、カバンを持つ手でこれ見よがしに胸を持ち上げてみせる。 


「うっ」


 その仕草は僕には刺激が強すぎて、思わず顔を背けてしまった。


「あははっ。たっくん照れてる」


 夏美姉ちゃんがにこやかに笑い声をあげ、僕のほっぺをつつく。


 僕は夏美姉ちゃんの方を見れないまま、学校に歩き続けた。

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