第011話 新婚夫婦のやりとり

「ごちそうさまでした」

「はい、おそまつさまでした」


 僕は朝から夏美姉ちゃんのご飯を堪能した。


 朝も僕の好きな、ザ・日本の朝ご飯って感じの定番メニューを作ってくれて大満足だった。こういう自分の細かい部分も分かってくれている夏美姉ちゃんは凄い。


 部屋に戻り、来ていた仕事のメールに少し返事をした後、着替えて学校に行く準備をして玄関まで降りてきた。


「たっくん、遅いよ」


 そこにはカバンを持った夏美姉ちゃんが待っていて僕に頬を膨らませる。


「え?先に行ってくれていいのに」


 一緒に登校するなんて話してなかったし、先に行っている物ばかりと思っていた。何より、根暗で引きこもりの僕なんかと登校したら夏美姉ちゃんの評判に傷がつく。


「何言ってるのよ。一緒に住んでるんだから一緒に行けばいいじゃない」


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、夏美姉ちゃんは腰に手を当ててしようのない弟でも見るような目で僕を見る。


「え?いや、一緒に登校するの見られたらマズいじゃん」

「なんで?」


 僕が俯いて答えると、夏美姉ちゃんは少し不機嫌な表情を浮かべた。


「え?だって、僕は根暗だし、引きこもりだし……。姉ちゃんに迷惑かけちゃうよ」

「はぁ……。まだそんなこと気にしてたの?私が一緒にいたいから一緒に居るの。他の連中のことなんて知らない。それに私たちは親戚だよ?一緒にいるのを他人にとやかく言われる謂れはないよ」


 僕が理由を述べると、呆れたようにため息を吐いた後、優し気な瞳で僕を見つめながら、僕に夏美姉ちゃんの隣にいてもいい理由をくれる。


 夏美姉ちゃんの言ってることは正しいのかもしれない。それでも僕は自分に自信がない。

 

「そ、そうだけど」

「それに、あなたには他人に誇れるような凄い才能がある。あなたしか書けない物語を書く才能が。それは、私の心をいつも温かくしてくれる。私は『ダンドリ』にいつも元気を貰ってるし、次の話を読むために今日も頑張ろうって思える。自分を卑下する必要なんてないよ、たっくん。しゃんとして胸を張りなさい」


 それでも自分に自信がない僕に、優しく諭すような口調で語り掛ける夏美姉ちゃんは、最後に僕の頭をポンポンと撫でる。


「わ、分かったよ」


 頭を撫でられて急に恥ずかしくなってきた。


「そ・れ・よ・り・も、たっくんネクタイが曲がってるよ」

「~~!?」


 夏美姉ちゃんがしょうがないなと苦笑しながら僕のブレザーの曲がったネクタイをキュッと締め直して直してくれる。その新婚夫婦みたいなやり取りに僕の鼓動が跳ね上がった。


「ん?どうかした?」

「な、なんでもないよ。それじゃあ学校に行こうよ」


 マジかで見る夏目姉ちゃんの上目遣いの攻撃力の高さに、僕は恥ずかしくなって顔を反らす。


 夏美姉ちゃんが可愛すぎて直視できない。


「うふふ。な~に?新婚さんみたいとか思った?」

「うっ」


 ニヤニヤとした笑顔を浮かべて僕をからかう夏美姉ちゃんに僕は図星を突かれて言葉に詰まった。


「えぇ~、たっくんがその気なら本当にそうなってもいいんだよ?」


 こっちを見透かすような笑みを浮かべていた夏美姉ちゃんが、突然真顔でそんなことを言う。


「もう!!からかわないでよ!!」


 それも演技だということが分かっている僕は、少し悔しくなって一人で先に玄関から外に出る。


「私は本気なんだけどな~?」


 後ろでまたそんなことを言って僕をからかう夏美姉ちゃん。


「ほら、姉ちゃんは行かないの?」

「あ、たっくん待って!!」


 いつものことかと諦めて立ち止まりため息を吐いた後、振り返って姉ちゃんを促すと、姉ちゃんは慌てて僕の後を追って外に出てきた。


 僕が夏美姉ちゃんと釣り合うわけないけど、僕がもし本気になったら姉ちゃんはどうするんだろう。


 いや……その時はその時で僕をまた弄ぶんだろうな……。


「たっくんはなんだかんだ優しいよね!!」 


 あり得ない未来を想像していると、突然腕が夏美姉ちゃんの柔らかい感触に包まれる。


「な、なにしてるんだよ!?」

「ほら、私がこうやって抱き着いたって振り払ったりしないもの」


 うろたえる僕に夏美姉ちゃんはニシシと真っ白な歯を見せて笑う。


 腕は幸せだけど困惑しかない僕。


「そんなことできるわけないじゃん」

「そういうところだよ、たっくん」

「全然意味が分からないよ」


 僕には女の子を振り払うことなんてできないし、ましてや大好きな夏美姉ちゃんの腕を振り払うなんてことできるわけがない。


 だから夏美姉ちゃんが言っていることが理解できない。


「たっくんは怒ってたって絶対私にきつく当たったりしない。さっきだって一人でそのまま行ってもいいのに、私にちゃんと声を掛けてくれる」

「そんなの当然じゃないか」


 一緒に行こうって言ってたのに置いてったら、一緒に行けないし。


「当然じゃないんだよ、たっくん。でもだからこそ私はたっくんに安心して甘えられるんだけどね♪」


 真面目そうな顔でなんか言ってるかと思ったらギュッと自分の胸を押し付けるように僕の腕を抱きしめてにぃっと小悪魔のように笑った。


「はぁ……勘弁してよ……」

「ほら口ではそう言いながらも今だって振りほどこうとしないし」

「僕がそうしないってわかってて言ってるでしょ」

「そ。だからだよ。私が素でいられるのはたっくんの前だけなんだから、一杯甘やかしてよね」

「はいはい」


 僕たちは腕を組みながら学校へと向かった。

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