第005話 サプライズコスプレ
―カタカタカタカタカタッ
室内には僕のタイピング音だけが鳴り響く。
僕の執筆部屋には図書室よりも身近に置いておきたい本類と、徹底的に書くことの負担を減らす椅子と机、そして最高スペックのパソコンくらいしかない。空調も快適な温度と湿度が保たれ、最高の状態で執筆に臨むことが出来る。
僕にとってはどこでも書ける小説だけど、パフォーマンスを上げる努力は惜しんではいけないと爺ちゃんに言われているので、最高の環境を用意した。
僕は今『ダンジョンドリフターズ』の十二巻の初稿の執筆作業をしている。
今回の巻は現在進行している話の見せ場。ウェブで投稿していた頃とは大分変ってしまったけど、ウェブで投稿していただけの時の自分より大きく成長している僕は、もっと話を面白くするのはどうしたらいいかわかっていた。
いや、そうじゃない。
どうしたら夏美姉ちゃんが好きな展開になるか理解していた。僕の話は常に夏美姉ちゃんに向けて書かれているからだ。夏美姉ちゃんに刺さるキャラクター、夏美姉ちゃんが好きそうな舞台設定、夏美姉ちゃんが好きそうなストーリー。それだけを考えて僕は書いている。
―カタカタカタカタカタッ
「た……」
僕は目の前の画面だけを見てただひたすらにキーボードを叩く。僕の頭の中では世界が色づいてキャラクターが生き生きと動き出し、物語を紡いでいく。
僕はただそれを言語化すればいい。
「たっ……てば」
僕にとっては映像の言語化なんてただの流れ作業。どんな映像が頭に描かれようともただただ文字を書き連ねていくだけだ。
「たっくんってば!!」
「うわっ!!」
作業に没頭していた僕は、いきなり頭を掴まれて椅子ごと横に向けられて驚く。焦点を合せた先には、七海姉ちゃんの見慣れた顔があった。
「もう……たっくんってばご飯出来たよ?聞いてる?」
「え、ああ、うん。聞いてるよ」
僕はあまりに突然のことで頭がうまく働かず現在の状況を飲み込むのに少し時間がかかった。
そっか、そうだった。僕は今日からこの人とここで二人で暮らすんだった。
そう思うと急に頭がハッキリしてくる。
「もうそんな時間?」
「そうだよ?何度も呼んだのに全然気づかないんだから。それは昔から変わらないね」
時計を見ると、さっき書き始めたばかりだと思っていたのにいつの間にか大分時間が経っていたらしい。夏美姉ちゃんは家に荷物を取りにいった後、無事に戻ってきてご飯を作ってくれていたようだ。
「ごめんごめん、いま、い、く、よ……?」
僕は椅子から立ち上がってようやく夏美姉ちゃんの全身を認識した時固まった。なぜならそこには自分の理想を体現したようなメイドさんが立っていたからだ。
頭にヘッドドレスを乗せ、エプロンドレスを身に纏って佇んでいる。本来長いはずのエプロンドレスは膝上二十センチくらい。胸元が大きく開いていて、そこから顔を出す谷間に目を奪われる。それにニーハイソックスとスカートの間の絶対領域が眩しい。
「あっ、やっと気づいたの?」
固まった僕を見て、クスリと笑いながら口元に手を当てる姿が物凄く様になっている。
「な、なに、その恰好……」
僕は気を取り直して何とか声を絞り出す。
「身の回りのお世話をするならこれしかないでしょ?メイドよ、メイド?どう似合う
?」
夏美姉ちゃんはちょっとめくりあげればすぐに女性のヒミツの花園を拝めそうなスカートを掴んでひらりと一回転してみせる。
その姿はあまりに嵌りすぎていたし、彼女の秘所を守る一枚の布が見えそうだったので、僕は思わず赤面してして俯いてしまった。
「あれれ~、どうしたのかなぁ~?」
僕の気持ちを知ってか知らずか、俯いた僕の顔を下から覗き込んでくる夏美姉ちゃん。
大きく胸の空いたそのメイド服は、夏美姉ちゃんのもつ強力な武器の魅力を最大限に引き出し、目の前にそれはそれは圧倒的な吸引力を誇る谷間を現出させた。
「な、なんでもないよ」
僕はその谷間から無理やり視線を引き剝がし、そっぽ向いて誤魔化す。
「ふーん。それで感想は?」
「ま、まぁいいんじゃない?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべた夏美姉ちゃんに、僕はそっぽを向いて強がるようにそう言った。
「それだけなのかなぁ?」
「……」
夏美姉ちゃんは僕に近づいてきて顔を近づける。僕は顔を直視できなくてさらに顔を反らして黙る。
「うりうり~。白状しちゃいなさいよ~」
夏美姉ちゃんは僕の頬を突っつきながら小悪魔のような笑みを浮かべている。
ああもう!!
「似合ってるよ!!似合ってる!!メイド服が夏美姉ちゃんのためにあつらえたみたいにぴったりはまっているよ!!めちゃくちゃ可愛いよ!!」
僕は夏美姉ちゃんを引き剝がして目を瞑って正直な気持ちを叫んだ。
「……」
しかし、一向に返事が返ってくる様子がない。僕が恐る恐る目を開けると、口元を押さえて丸でゆでだこみたいに顔を真っ赤にして驚いている夏美姉ちゃんの姿があった。
「そ、そんなに驚いてどうかしたの?」
僕はまさかそんな風になっているとは思わなくて夏美姉ちゃんに尋ねる。
「ま、まさかそこまで言ってくれるとは思わなくて……」
「夏美姉ちゃんが言えって言ったんじゃないか……」
夏美姉ちゃんの答えに僕は思わず呆れた。
からかっておいて自分が驚くとかたまに姉ちゃんって抜けるところあるんだよね。そこがまた可愛いんだだけど。
「あはは、嬉しいよ。たっくんがそんな風に思ってくれてるなんて」
「はぁ……まぁ本心だよ」
未だに赤い顔で頬を緩める夏美姉ちゃんに僕は白状する。
だって似合いすぎだもん。ただでさえドストライクの夏美姉ちゃんが、さらにストライクゾーンのど真ん中を攻めてきた感じ。もうどうしようもないよね。
「あはは、ありがと」
頬を掻いてはにかむ夏美姉ちゃんは更に可愛かった。
「はい、それじゃあご飯が冷めちゃうから、早く行きましょ?」
夏美姉ちゃんが、パンと手を叩いて部屋扉にテクテクと歩いていったと思ったら、くるりとこちら振りむいてぱちりとウィンクした。
「ね?ご主人様?」
僕はその言葉と仕草に心を撃ち抜かれてしまった。
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