第004話 小さな弟だと思ってた……(夏美視点)

「こちらへどうぞ」


 私に声を掛けてきたタクシーの運転手は意外にも女性だった。私は彼女の後についていき、客席の方に向かう。


 最近は何かと物騒だし、女性同士の方が安心できるだろうというたっくんの心遣いだと思う。


 はぁ……ホントに少し見ない間に大きくなったなぁ。


 私は思ってもみなかった従兄弟おとうとの成長に思わずため息が出た。


「どうぞお乗りくださいませ」

「あ、ありがとうございます」


 そんな私を気にすることなく、タクシーの運転手が私が乗り込めるように扉を開けてくれる。私はそんな対応を受けたことがないのでドギマギしながらタクシーの中に乗り込んだ。


「私は桐ケ谷様の専属運転手を務めます渋谷と申します。よろしくお願いいたします。どちらまで行かれますか?」

「あ、はい、宜しくお願いします。〇×町三丁目の六番地の神崎という家に行きたいんですけど……」

「分かりました」


 客席の扉を閉め、運転席に乗り込んだ渋谷さんが自己紹介をして、行きたい場所を私に尋ねる。


 私の家は目印らしい目印が近くにないので中々伝えづらい。住所を言えばナビで行けるだろうと、住所を伝えると、渋谷さんはナビを操作することなく、車を出した。


 後ろでたっくんが手を振っていたので私も振り返してから席に座り直す。


「道、分かるんですか?」

「はい、この辺りの地図は全て頭に入っておりますので」


 こういうお金持ちに専属で雇われるような運転手はやっぱり優秀らしい。


 私は素直に感心した。


「はぁ……」


 私は窓の体を傾けてボーっと外の景色を眺める。


 頭によぎるのはさっきまで一緒にいた男の子。


 私のお父さんの妹の息子。つまり従兄弟。彼は昔から私の後ろをちょこちょことついてきて、私が誰かと遊ぶ時はその輪の中に入れるようにしたし、彼がいじめられそうになれば自分が矢面にたって守った。


 成長期が遅くて未だに私より少し小さな彼は、私にとってはいつまでも小さな弟、そのはずだった。


 中学校までは比較的一緒に遊んでいたけど、高校に入ったくらいからお互い疎遠になっていた。


 あれから半年以上経つ。それがたまたま用事があっていつもと違う道を通ったら、何やら物凄く大きな家のこれまた物々しい門の前で立ち止まる、彼らしい人物を見つけた。


「あれ?たっくんじゃない?」


 私は思わず声を掛けた。


「あ、夏美姉ちゃん」


 こちらを見てクシャリと笑う彼の顔は暫く見ないうちに随分と男らしくなっていた。話を聞くとそこが新しく引っ越してきた自分の家でこれから一人暮らしをするという。


 彼が両親と折り合いが悪いのは知っていたけど、まさかここまで悪かったとは思わなかった。それに話を聞いて何よりも驚いたのは、彼があの『ダンジョンドリフターズ』作者だったということだ。


 昔から私が面白い話をせがむと、色んなお話を作ってくれて、私はそのお話が好きでもっともっととねだってたことを覚えている。たっくんも私がせがむと嬉しそうに話をどんどん作ってくれた。


 いつしかそんな彼は本格的に小説を書くようになって、少し目を離した隙にプロの作家として活動していたなんて。


 なんだか自分が追い抜かれてしまったような気分だ。


 それに、私自身あの『ダンジョンドリフターズ』という作品を知ってから毎日の更新を楽しみにしていた読者の一人だった。あの手に汗握る興奮、どこかで覚えがあるような気がしていたけど、まさか彼だったとは。


 そんな大好きな作品の作者がまさか私の従兄弟おとうとだなんて夢にも思わなかった私は、感極まってたっくんを抱きしめてしまった。


―タンタンタンッ


 私の胸の中でもがくたっくんの姿が目に入り、正気を取り戻して手を緩めると、彼は恨めしそうな顔で私を見上げて私の手を振り払う。


 昔はもっと離れていた顔も思っていた以上に近くにあって思わずドキリとする。久しぶりに近くでみた従兄弟おとうとの顔はまだ幼さが残るもののやはり男に近づいていて目を見張った。


 滅茶苦茶カッコよくなってる……。


 私は急に恥ずかしくなって彼をからかって難を逃れたけど、鼓動が驚くほどに早くなっていて誤魔化すのが大変だった。


「思わず一緒に住むと言ったものの……この気持ちを抑えられる気がしないな」


 彼が作者だと知って、どうしても彼の傍に居たくなった私は、ついつい一緒に住む提案をしてしまった。


 家の中を見せてもらった時は唖然として少し早まったかも、と思ったけど、彼の一言が私を本気にした。その言葉は「結婚」。自分にはまだ遠い話だと思っていたけど、彼は将来の結婚相手のためにこの家を建てたという。


―ズキリッ


 その時私の心は確かに痛みと言う悲鳴を上げた。


 たっくんが私じゃない誰かと結婚するという想像しただけで吐き気がするような気持になる。その気持ちの正体を知りたいような知りたくないような思いのまま、家の中の生活に必要な部分を一通り案内された後、不意にたっくんの携帯電話が鳴る。


「もしもし。あぁ編集さん、こんにちは。え?ああ、そうなんですか?ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。ええ、はい、分かりました。それじゃあ」


 それは聞く限り仕事の電話だった。


 私よりもあんなに小さかったあのたっくんが、大人と同じように仕事をしている姿は私には衝撃与えた。


 彼は本当にもう立派な大人になってたんだって。

 私の後をついてくるばかりの小さな弟じゃないんだって。


 そして案内の最中も、その後も常に私を気遣ってくれたたっくん。


 久しぶりに会った彼は物凄く大人びていて立派な紳士だった。


 ああ、この時気づいた。


 私は今改めてたっくんに恋したんだって。


 楽しい話をしてくれるたっくんは昔から大好きだったけど、それは家族愛。弟としての感情だった。でも今は、男の顔をするようになった彼を久しぶりに見たことで異性として認識してしまった。


 それにそういえば私が料理が好きになったきっかけもたっくんだった。彼が私が初めて作った料理を「美味しい美味しい」とにっこり笑って食べてくれたから。


 そんなわけないのにね……。


 だから私は料理が好きになった。


 なんで今まで忘れていたんだろう。


 思い出したのはそれもこれもすっかり変わった従弟おとうとを見てしまったからだ。


「あんなにかっこよくなってる上に、私の大好きな作品の作者だなんて反則だよ、たっくん……」


 思わず小さく独り言ちる私。


 今日これから迎える彼との二人きりの生活を想像すると、私の鼓動はまるで爆発寸前の爆弾のように高鳴り、体の中にその鼓動がうるさいほどに響き渡って、私自身の気持ちを自覚させられるには十分だった。

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