第031話 ギャップ

「大丈夫?緋色さん」


 緋色さんはその可愛らしい顔の頬を赤く腫らしていた。


 あの男もなんてひどいことを女の子にするんだ。

 女の子は守るべきものであって、危害を加えちゃ駄目なんだぞ。


「う」

「う?」

「うわぁあああああああああん。怖かったよぉ!!」


 緋色さんが言葉の意味が分からなくてオウム返しに僕が問い返すと、緋色さんは突然泣き出して、僕にしがみついてきた。


「うわっと!?」


 僕は突然抱き着かれて少し体勢を崩して思わず声が出る。


「ふふふ、緋色ちゃん、意外と大胆じゃない」

「ちょっと、姉ちゃん見ていないで助けてよ」

「そういう女の子は男が慰めるものよ」

「はぁ……わ、分かったよ」


 緋色さんの様子を面白そうに見つめる夏美姉ちゃんに、僕が非難の声を上げると、姉ちゃんに諭されて、僕は緋色さんが鳴くまで頭を撫で続けた。


「ご、ごめんね!!」

「い、いや、もう大丈夫?」

「う、うん」


 頷く彼女の体はまだ震えていた。


 このまま帰すのも安全か分からないし、緋色さんも言いふらすような人でもないだろうから、ウチに連れていくことに決めた。


「ちょっと、待ってて。姉ちゃん、ちょっと……」

「何?」


 僕が緋色さんを慰めていた間、男どもを尋問して人生が終わるような情報とかを吐かせたり、緋色さんの情報を消し去ったりしてくれていた夏美姉ちゃんを呼ぶ。


「緋色さんもウチに連れていったらダメかな?」


 額を合わせて僕と姉ちゃんはこそこそと話し始めた。


「いいんじゃない?たっくんがそうした方がいいって思ったんなら良いと思うよ」

「分かった。ありがとね。夏美姉ちゃん」

「ううん、気にしないで。たっくんが思うようにしなよ」


 夏美姉ちゃんに許可を貰った僕は再び緋色さんの前にかがんで彼女に目線を合せる。


「緋色さんって実家暮らし?」

「ううん、一人で暮らしてるわ」


 僕の唐突な質問にも素直に答える緋色さん。


 かなり精神的に弱ってるのかもしれない。


「そう。じゃあしばらくウチに来ない?」

「え?」


 僕の質問に緋色さんがぽかんとした顔になる。


 こんないい方したらまるで誘ってみたいだよね。


「あ、えっと、変な意味じゃなくて、一人は心細いかなって。あんなことあったばかりだし」

「い、いいの?」


 僕が事情を説明すると、緋色さんは驚きながら尋ねた。


「いいよ。僕だけだとアレだから夏美姉ちゃんにもいてもらうし」

「あ、ありがとう。ほ、ほんとはちょっと一人でいるのが怖かったの……」


 僕が微笑みかけると、彼女は自分の体を抱くようにして体を震わせる。


 相当怖かったみたいだね。それが癒えるまでは全然ウチに居てもらって構わない。


 僕はそう思った。


「ううん、気にしないで」

「あいつらはもう緋色ちゃんに二度と近づけないから安心してね」


 僕が首を振った後に、夏美姉ちゃんが満面の笑みで話しかける。


「うん、ありがとう拓也君、夏美姉様も」

「ふふふ、気にしないで良いよ。私はたっくんがしたいことを手伝っただけだもの」


 再び礼を言う緋色さんに、夏美姉ちゃんは優しく微笑みかけた。


「緋色さん、立てる?」

「う、うん、大丈夫」


 僕が問いかけると、体を少し動かして確認してから緋色さんは答える。


「ほら、手を掴んで」

「あ、ありがと」


 僕が手を差し出し、彼女が恐る恐る僕の手を取ると、僕は彼女を引っ張り上げて立たせた。


「それじゃあ、ちょっと待っててね」

「え、ええ」


 僕はちょっとしたところに電話をかけて色々お願いした後、再び彼女の元に戻る。


「準備はいいみたいだね」

「うん」

「荷物はもう大丈夫よ」


 そこには落ちていた彼女の荷物を拾っていつでも移動できる状態になった二人が立っていた。


「それじゃあ、夏美姉ちゃんには悪いんだけど、食材だけ買ってきてもらってもいいかな。僕は緋色さんを連れて帰るから」

「うん、分かったよ」


 流石に頬を腫らした状態の緋色さんをスーパーに連れていくのは気が引けるので、マフラーで頬の極力隠してもらって家まで移動することにする。


「よろしくね。それじゃあ、行こうか」

「えっと、あの人たちは?」


 僕が緋色さんを連れて行こうとすると、彼女は自分を襲った人達の事が気になるらしい。


「ああ。そういうことを専門に処理してくれる人に頼んだからそのままにしておいて大丈夫。もう二度と悪さなんてできないから」

「そ、そうなんだ。拓也君ってそんな伝手もあるんだね」


 僕が軽く濁しながら答えると、緋色さんは感心するように答えた。


 これは担当の編集さんから紹介されたんだけどね。


「うん、まぁね。とにかくここから離れよう」

「うん」


 僕と緋色さんは男たちを放置して、自宅へと歩き出した。

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