第032話 帰路

 僕と緋色さんは僕の家に向かって歩く。僕が前で彼女は僕の少し後ろをついてきていた。


「あ、そういえば、一緒に帰ることになったね?」

「え、ああ、そ、そうね。さ、さっきは本当にありがとう」


 彼女に振り向いて僕が話しかけると、緋色さんは俯きながら僕に助けた礼をする。


「いやいや、僕は何もしてないよ。全部姉ちゃんがやってくれたんだ」

「そ、それでもだよ。一番に駆けつけてくれたのは拓也君だった」


 僕が首を振ると、俯いていた顔を上げて真剣な表情で僕に訴える。


 本当に真っすぐな人だな。


「たまたまだよ。聞き覚えのある声だったからね。気になって見に行ったらまさかあんなことになってるは思わなかった。間に合ってよかったよ」


 何か起こっているとは思ったけど、まさか緋色さんが絡まれているとは思わなかった。あのまま男達に連れ去られて、言葉にするのも憚られるような所業に合わなくてホントに良かったと思う。


「う、うん。拓也君が来てくれなかったら、今頃どうなっていたか……」


 彼女も本当に安堵しているようで、先程までの状況を思い出して顔を青ざめさせていた。


「いや、もうそれ以上考えるのは止めよ。助かったんだし」

「う、うん、そうね。ね、ねぇ、まだちょっと怖くて……。あの、お願いがあるんだけど、手、繋いでくれないかな」


 僕が終わった話をぶり返してこれ以上彼女を不安にさせるのは良くないと思ったので提案すると、彼女は肯定した後で、上目遣いで僕に懇願してくる。


「え?い、いいけど。はいどうぞ?」


 ついさっきあんなことがあったばかりで僕みたいなパッとしない人間でも手を繋ぐことで緋色さんの心が少しでも安心するならと思い、手を差し出した。


「あ、ありがと」

「ううん、こんなことくらいで緋色さんの不安が解消されるならいくらでもするよ」


 彼女の恐縮するような感謝の言葉に僕は優しく首を振った。


 僕の手に乗せられた彼女の手は確かにまだ恐怖で微かに震えていた。見てみれば、体も小刻みに震えていて、さっきの男たちが緋色さんの心に残し傷跡はまだ生々しく残っているのが分かった。


 僕の手を握る緋色さんの手はとても小さくて女性らしい柔らかさがあった。


 こんなもか弱い女の子を怯えさせたあの男たちは許すことができない。専門家の下で反省するまでビシバシしごいてもらおうと思う。


 ふふふ、今頃後悔してるかもしれないね。


「そ、そう。拓也君は優しいね」

「そ、そうかな。夏美姉ちゃんや雫姉以外にそんなこと言われたの初めてだよ」


 僕はあまり沢山の人と接するのは苦手だし、オドオドしちゃうし、緊張しいだし、ホント良い所なんて小説を書くことくらいの人間だ。


 今まであまり誰かに褒められることも、まして優しいなんて言われる機会は夏美姉ちゃんと雫姉を除けば、全く無かった。


 だから、緋色さんが恥ずかしそうにそんなことを言うので、僕は照れて頭を掻いた。


 嬉しいけど、恥ずかしい。


「本当に優しいと思う」

「そんなことないと思うけど」

「ううん、普通巻き込まれたくなくて、自分ではどうにもできそうもない相手に突っかかっていったりしないよ。しかもただのクラスメイトのために」


 緋色さんは凄く真剣な表情で僕を見つめる。


 でも、僕は特に考えて何かをしたというつもりはない。友人が事故か何かにあったのかもしれないと思ったら体が勝手に動いていただけ。


「うーん、体が勝手に動いてたしなぁ」

「だから、そういうところが優しいの。何も考えなくても困っている人は助けるっていう、そういうことが無意識で出来るところが」

「そ、そっかな。ありがとう」


 僕は照れ隠しに緋色さんから少し視線を逸らして考えていたこと呟くと、彼女は万感の思いが秘められているかのように胸に片方の手を当てて目を瞑って応えた。


 僕は恥ずかしさで俯いて頬を掻いた。


 誰かが今の僕の顔を見たら猿のお尻のように真っ赤になっているに違いない。


 僕たちは無言のまま歩くと、僕の家がある高級住宅街へとたどり着いた。


「えっと……拓也君の家ってお金持ちだっけ?」


 しばらく住宅街を歩いていると、沈黙を破るようにあたりの家を見回しながら緋色さんが呟く。


「家はそうでもないけど、僕は一応そうかもね」

「え?」


 僕は彼女の質問に答えると、彼女はぽかんとした顔をした。


 まぁそういう表情になるのも無理はない。

 僕がそんなこと言われても絶対分からないし。


「着いたよ。ここが僕の家」


 あれこれ何かを言うより、見せてしまった方が早いと思い、家の前に辿り着いた僕は、テレビでリポーターの人がやるみたいに、自分の家を手で指し示した。


「え、えぇええええええええええええええ!?」


 彼女は僕の家を見上げるなり、大声で叫んだ。


 そのリアクションは僕が思い描いた通りのモノだった。

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