第033話 知ってた

投稿一カ月がたち、諸々落ち着いてきたので、隔日更新となります。

次回更新は2月24日です。

楽しみにされている方には大変申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。



■■■■■



「あははは……。まぁ驚くよね」

「う、うん」


 緋色さんのリアクションに苦笑いを浮かべて頭を掻くと、緋色さんも気まずそうに頷く。


「僕はクラスの実は皆には言っていないことがあるんだ」

「うん」


 唐突に語り始めた僕に緋色さんは合わせるように相槌を入れる。


「実は僕は既にラノベ作家として働いているんだ。それで一応アニメ化もして劇場版にもなってるくらいにはたくさんの人に読まれるようになって、今ではこんな家を建てられるまでになった」

「うん」


 僕が一拍置いて少し遠くを見ながら仕事の事を緋色さんに白状した。しかし、緋色さんの反応は先ほどと変わりなく、淡白なモノだった。


「ここならセキュリティもしっかりしてるし、変な奴らも来ないと思う。騙して連れてくるようなことしてごめんね?」

「知ってた」


 隠し事をしていたことを謝る僕に、彼女は一言そう呟く。


「え?」


 僕は彼女の呟きの意味が分からず、思わず声を漏らした。


 一体どういう意味なんだろう。


「私、知ってたの。拓也君がラノベ作家だってこと……」

「え……いったいどうして……」


 僕は次に続けられた言葉で呆然としてしまう。


 僕は自分がラノベ作家だってことは夏美姉ちゃんと雫姉。それに爺ちゃん以外にはきちんと話した事はない。にもかかわらず知っているって言うのはどういうことなんだろうか。


「ねぇ……私と拓也君が仲良くなったきっかけって覚えてる?」

「そりゃあ勿論。緋色さんが僕の携帯を拾ってくれたことだよね?」


 突然、お互いがお互いを認知するようになったきっかけを聞いてくる緋色さんに、僕は当時の事を思い出しながら答える。


 これで間違いないはず。


「うん」

「それがどうしたの?」


 あっていたようだけど、僕にはその時のことを言いだす意味が分からない。


「私その時見ちゃったの」

「何を?」


 続けられた緋色さんの言葉に僕は思わず聞き返す。


 あの時は携帯を持っていたのは覚えてるけど、何をしていたかまでは自分の事だけど流石に覚えていない。


「拓也君の携帯の画面。それはWeb投稿サイトの管理画面だった。そこには作品名が書いてあって、ダンジョンドリフターズというタイトルだった」

「え!?ほ、ほんと!?つまり僕がダンドリの作者だってこと知ってたの?」


 そ、そうか、そういえばあの時は確か面白いネタを思いついたから、メモがてら下書きに書いておこうと思って管理画面を開いていたんだった。


 緋色さんの言葉でようやく当時の事を思い出す。そしてつまり、普段それを知りつつも、ダンドリの話をしていたということであり、僕が皆が知らないと思って微笑ましく話を聞いていたのも知っているということだ。


 うわぁ、滅茶苦茶恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「うん、知ってた。だからあなたに近づいたの」

「え!?ま、まさか僕のお金目当てで!?」


 近づいた、と言う言葉に過剰反応してしまう僕。


 そういう輩は両親を始め沢山見てきた。緋色さんがそういうつもりなら僕は関わりたくない。


 でも、緋色さんはずっと黙っていてくれた訳だし、そんなことをする人だとは思えないんだけど。


「あ、いえ、そういうんじゃなくて。私の髪の毛ってこんな色してるじゃない?」

「え、あ、うん。とっても綺麗な色だと思うけど?」


 突然髪の毛の話題を持ち出す緋色さんに、困惑しながらも返事をする僕。


「あ、ありがと……。ってそういうことじゃなくて、私はこの髪の毛のせいで小さい時はずっといじめられてきたの」


 緋色さんは一瞬顔を赤らめた後、悲し気な表情を浮かべながら語り始める。


「え!?」


 僕は緋色さんの信じられない過去を聞いて驚愕した。


「でもね、それがある時を境に変わったの」

「それは……」


 ここまで話を聞いてきた流れから答えは想像できる。


「そう、あなたの作品、ダンジョンドリフターズに出会ったから」

「えっと……」


 話の流れからそういうことなんだろうとは思ったけど、実際そう言われると、僕はどういう反応をしたらいいか分からなかった。


「私はアカネというキャラクターが大好きなの。私と同じような境遇で、髪の毛をことをバカにされていてもへこたれずにその不遇を乗り越えていく姿は、まるで私の未来を暗示しているかのようだった。私はその日から自分の髪の毛のことでオドオドすることを止めたわ。それどころか、アカネみたいに自分の髪の毛を誇るようになった。いじめられても毅然な態度がとれるようになったし、色んな所に相談できるようになった」


 緋色さんは困惑を無視して続ける。


 アカネはダンドリに出てくるヒロインの一人だ。真っ赤な髪の色は彼女の一族の不吉の象徴。彼女はその髪色のせいで、亡くなった母以外の家族からも、所属するコミュニティからもひどい扱いを受けていた。


 しかし、彼女はどんなにひどい仕打ちを受けても決してへこたれることなく、自身の夢のために努力して、一歩ずつ歩みを進めていく。そして、いつしかその紅蓮の髪の毛が、彼女のトレードマークとなり、絶大な人気を得るようになっていく。泥臭いけど、滅茶苦茶魅力に溢れたキャラクターだった。


 僕自身もダンドリに出てくるキャラクターの中でかなり好きなキャラクターだし、そのキャラクターを好いてくれる人がいるのはとても嬉しかった。まさか、キャラクターのおかげで人生が好転したなんて言われるとは思ってもみなかったけど。


「そしてダンドリが……特にアカネが好きになりすぎた私は、アカネのコスプレをするようになった。コミパラでのコスプレにも参加してメディアに取り上げられたりもした。リアルのアカネそのものだってね。私は滅茶苦茶嬉しくなった。それで今の私を作ってくれたダンドリをもっとたくさんの人に広めたくてユーチューブを始めたの。そしたらあれよあれよというまに百万人を超える登録者を持つ事になったわ。私はダンドリの好きな所を毎回語ってただけなんだけどね」


 まさか緋色さんがコスプレイヤーをしているなんてさっきまで知らなかったけど、ここで話が繋がってくるのかと理解する。


 よりにもよってアカネのコスプレをしてくれてたなんて滅茶苦茶嬉しい。


 確かに緋色さんがアカネと同じような髪型や服装をすれば、僕のイメージするアカネにかなり近いかもしれない。アカネ本人みたいな人がユーチューブを始めたらそりゃあ皆登録しちゃうよな。知らない人もたくさんの人が見ていて、可愛い女の子が顔出しで配信しているとなれば、何も知らなくても登録することもあるだろうしな。


 僕は緋色さんがアカネのコスプレをしている姿を想像しながら話に耳を傾ける。


「見に来てくれる人でダンドリを知らない人でも、皆読んでみるよってコメントくれて、実際にツイッターで購入報告してくれる人もいた。面白かったよって言ってくれる人がいた。ダンドリが褒められることが、まるで自分が褒められ居るみたいに嬉しかった」


 緋色さんは目を瞑って当時を思い出しているのか感情の籠った声で話し続ける。


 ダンドリが本当に好きなことが伝わってくるし、ダンドリを褒められると自分の事のように喜んでくれるのもまた嬉しい。


「私の人生はそれから本当に充実するようになった。それもこれもダンドリ、ダンジョンドリフターズって作品があったおかげ。つまり作ってくれたあなたがいたから。だから、私は私を救ってくれて作品を書いているのがあなただと知った時、物凄い衝撃をうけた。それと同時に、あなたと仲良くなりたい、そう思ったの。も、もしこれ以上一緒に居たくない。そう思うなら言って欲しい。す、すぐに関わるのを止めるわ」


 途中まで目を瞑って語っていた彼女だったけど、ゆっくりを目を開いて僕を優しい笑顔で見つめながら言葉を紡ぐ。しかし、最後の台詞を言うときの声色は確かに震えていた。


 僕に拒絶されることは彼女にとっては人生を否定されることと同義といってもいいかもしれない。もちろん僕は否定するつもりはないけど、実際に返事を聞くまでは安心できないだろうな。


 そこまでダンドリを想ってくれた上で、作者である僕と仲良くなるために話しかけるようになったと聞いて、誰が嫌な顔をするものか。


 そんな人なら僕は大歓迎だ。


「そうだったんだ……。えへへ、僕の作品が誰かの人生を変えるだなんてね。そんな大それた作品を書いてるつもりはないけど、それでも緋色さんの人生がいい方向に向かったって言うなら、僕も作品を書いてて本当に良かったと思う。それに、関わるのをやめるだなんて悲しい事言わないでよ。これからも仲良くして欲しいし、安心できるまではここに居ていいから」


 僕は思ったことを頭を掻いて照れ笑いをしながら素直に彼女に伝えた。


「~~!?あ、あ゛り゛か゛と゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛」


 僕の言葉を聞くなり、笑いながら大粒の涙を流して泣き始める緋色さん。


「どういたしまして」


 僕はにこりと笑うと、泣いて俯く緋色さんの肩をそっと抱いて家の中に連れて行った。


「すっごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!」


 しかし、家の中に入った途端、緋色さんは先ほどまで泣いていたとは思えない程、大声で叫ぶのであった。

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