第023話 スッキリ爽快

「ん……んん……」


 目の前にはまだ見慣れない天井があるけど、ここが自分の寝室であることを思い出す。昨日は確か夏美姉ちゃんと雫姉に挟まれて眠った。左右には温かみはすでになく、顔だけ動かしてみると、そこには二人の姿はなかった。


 夢だったのかな?


 一人でいると、夏美姉ちゃんがここに住むことになった所から全部自分の妄想や夢だったのではないか、そんな気持ちが僕の中で湧いてくる。


 しかし、なんだか下半身がスッキリしている気がする。気のせいだろうか。


 夏美姉ちゃんと雫姉のおかげで昨日寝る前の僕の分身は、超臨戦態勢に移行していた。それだけで悶々したものが溜まっていたはずなんだけど、今は綺麗さっぱりなくなっている。


 不思議だ。


 でも、朝から悶々としたものに悩まされないで済んだのは嬉しい誤算だった。


―ガチャッ


 僕が徐々に意識を覚醒していく中、寝室の扉が開く音が聞こえた。


「拓也、おはよう」


 部屋に入室してきたのは雫姉だ。


 どうやら雫姉が昨日ウチに泊まったのは夢じゃないらしい。


「おはよう……雫姉」

「気分はどう?辛くない?」

「え?いや、むしろなんだかスッキリして気分も良いけど?」


 雫姉が心配そうに頭に手を乗せて尋ねるので、僕は首を傾げながら答えた。


 昨日僕が寝てから何かあったのかな。


「そう。それは良かった」

「何かあったの?」


 安堵するようにため息を吐く雫姉。僕は何かあったのかと思って尋ねてみる。


「んーん。な、何もないよ。そ、それよりなつがご飯が出来たって」

「分かった。ありがとう雫姉」


 雫姉は顔を赤らめ、口元に手を当て、そっぽを向いて返事をした。


 僕は気になったけど、気分が良いし、突っ込んで欲しくなさそうだったので、それ以上問い詰めることを止めた。


 何が出てくるか分からないからね。藪蛇になったら大変だ。


「んーん。気にしないで」


 礼を言う僕に雫姉は首を振った。僕はベッドから降りて雫姉と一緒にダイニングに向かった。


「あ、たっくんおはよう。調子良さそうだね」


 ダイニングでは料理を並べていた夏美姉ちゃんが僕に挨拶をして、顔を見るなり僕の調子の良さをぴたりと言い当てる。


 夏美姉ちゃんって僕の事ちゃんと見ててくれてるんだな。それがたとえ家族としてのものだとしても嬉しい。


「うん、なんだか朝からスッキリしていて調子が良いんだ」

「それはよかったね。それじゃあ、席に座ってご飯食べよ?雫も」


 僕が夏美姉ちゃんに笑顔で答えると、姉ちゃんも笑い返してくれて、僕たちをテーブルの席に座るように促した。


「うん、分かった」

「うん」


 僕と雫姉は指示に従って席に座り、夏美姉ちゃんの美味しい朝食に舌鼓を打った。


「もう、たっくんたら、今日もネクタイ曲がってる」

「あ、ありがと。夏美姉ちゃん」


 僕が着替えて玄関にやって来ると、夏美姉ちゃんが昨日と同じように僕のネクタイを直そうとする。


「ふふふ。二人は新婚夫婦みたいね」


 その様子を見ていた雫姉が微笑ましそうに笑いながらそんなことを言った。


「えへへ、そう?」


 夏美姉ちゃんは、はにかみながら頭を掻く。


「いやいやいや、そんなことないから!!」


 確かに昨日、夏美姉ちゃんとそんな話をしたけど、それはあくまで二人の間でのこと。第三者からそう見られるのは夏美姉ちゃんに申し訳ない。


 だから、僕は雫姉の言っていることを否定した。


「あら?たっくんは私と新婚夫婦に見えるのが不満?」


 夏美姉ちゃんが腰に手を当てて上半身を前に倒し、僕に目線を合わせてぷくぅっと頬を膨らませて僕に尋ねる。


 こんな状況だけど、その仕草が滅茶苦茶可愛い。


「いや、不満じゃないけど……」


 不満なんてあるはずない。

 僕にとって理想の相手なんだから。


「ならいいじゃない」

「そ、そうだけど……周りになんて言われるか……」


 体勢を戻して腕を組み、手のかかる弟を見るような顔で答える夏美姉ちゃんに、僕は学校の人たちの事を思い出しながら答える。


「昨日も言ったでしょ。言わせておけばいいの!!」

「う、うん。分かった」


 夏美姉ちゃんが再び腰に片手を当てて少し上半身を前に倒して、ズビシッと僕に突きつける。僕はその剣幕に頷くしかなかった。 


「あ、そうだ。昨日私が直したから、今日は雫に直してもらいましょうよ」


 そこで夏美姉ちゃんが何を思ったのか、雫姉にネクタイを直してもらおうと提案する。


「え!?いやいやいや、雫姉に迷惑だよ、ね、雫姉?」

「んーん。やってみたい。拓也、駄目?」


 僕は慌てて雫姉に尋ねると、僕の思いも虚しく、雫姉は首を振って興味深そうに僕に問い返した。


「い、いいけど」


 そう言われると断れない僕。


 夏美姉ちゃんがそこにいるのに僕はなんて意志が弱いんだろうか。


「わかった。やってみる」

「う、うん」


 雫姉が心の中で葛藤する僕の前にやって来る。


 雫姉は僕とそれほど背が変わらないので、夏美姉ちゃんよりもやりやすそうだ。キュッと僕のネクタイを締めて形を整えてくれた。


「うふふ。たっくんと雫も新婚夫婦みたいだよ?」


 僕と雫姉のやり取りを見ていた夏美姉ちゃんが笑いながらそんなことを言う。


 はぁ……僕はなんで夏美姉ちゃん以外の人にこんなことをやってもらってるのかな……。いや、その当人が言い出したことなんだけどさ……。


 もちろん雫姉は可愛いし、とっても性格も穏やかで大好きな姉だ。やってもらえるのは恥ずかしいけど、嬉しい事には違いない。


 でも、それもどうなんだろうか。


「そうかな?」

「ええ」


 雫姉は少しだけはにかんで夏美姉ちゃんに首を傾げると、夏美姉ちゃんはとてもいい笑顔で笑い返していた。


 二人ともやっぱり弟くらいにしか思ってないんだろうなぁ。


「さてと、学校にいこうか?」

「うん」

「そうだね」


 僕のネクタイを直したところで、僕達は家を出発した。

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