第028話 私の憧れ(篠宮緋色視点)

 私はその日もある小説の更新を楽しみに家に帰るところだった。


―ガシャンッ


 しかし、その運命がとあることで劇的に変わった。


 目の前を歩いていた同級生の男の子が携帯電話を落としたんだ。


 私は別に何とはなしにその携帯電話を拾って落とした男の子に変えそうと思った。


 しかし、その携帯電話の画面を見た時に私は愕然とした。


 携帯画面に映っていたのは小説投稿サイトの管理画面だった。


 それだけなら何も驚くことはない。


 でもそこに書いてあったタイトルが衝撃的だった。


『ダンジョンドリフターズ』


 携帯電話の画面にはそう書いてあった。


 管理画面に入ることが出来るのは当然その小説の作者のみ。つまり目の前の少年がその小説の作者であると言うことだ。


 そしてその小説こそ私が一番大好きで崇拝している小説だった。


「は、はい、これ……」


 私はあまりの衝撃に上手く喋れなかったけど、なんとか取り繕って携帯電話を差し出した。


「え、あ、うん、ありがとう!!えっと……」


 携帯電話を受け取った男の子は礼を言うと言いよどむ。


 まさか……私を知らない人間がいるなんて思わなかった。


 私はこれでも百万人の登録者がいるユーチューバーだ。テレビの仕事も来るようになって色んな番組にも出演してるし、コミックパラダイス、通称コミパラという日本最大の同人即売会で行われるコスプレブースでは最も人気のコスプレイヤーでもある。


 なんのキャラクターのコスプレをするかといえば勿論ダンドリのヒロインの一人であるアカネだ。アカネは私と似たような性格や容姿をしていて私にバッチリハマっていたし、過去にこの髪色のことでいじめられていたという設定も私に凄く似ていて、本当に大好きになってしまった。


 自分の髪の毛の色が好きになったのも、コスプレを始めたきっかけも全てダンドリのアカネがいたからこそだ。あの作品には感謝してもしきれない恩があると同時に、勿論物語そのものも大好きだった。


 その作者が目の前にいる小柄でパッとしない少年だと知って衝撃を受けたと同時に、自分のことを知られていないのが少し悲しかった。


「あ、あんた、私の名前知らないの!?」


 私は悲しさのあまり目の前の私にとって神にもひとしい男の子に怒鳴ってしまった。


「ご、ごめん」


 目の前の少年は本当にシュンとして申し訳なさそうに私に頭を下げる。


 あんなに素晴らしい作品を書いておきながら奢ることも固辞することも無く、普段通りの姿でそこの佇む少年に私は自分の未熟さを感じた。


 あれくらいで人に当たってしまうなんて私はまだまだね。


 私はそう心の中で自嘲した後、彼に話しかける。


「あ、いや、べ、別に怒ったわけじゃないのよ。ビックリしただけ。い、いいわ。わ、私は篠宮緋色。よろしくね」


 自分でも思った以上に緊張していてうまく言葉にできない。それでも最後まで自己紹介をする私。


「あ、うん。僕は桐ケ谷拓也。篠宮さんよろしく」


 そんな私に、何も言うでもなく、普通の態度で自己紹介を返す彼。


 こんなにもしどろもどろになっているというのに何も言わずにいてくれるなんてなんて優しいんだろう、私はそう思った。


「ひ、緋色でいいわ」


 気づけは私は自分の下の名前を許していた。私は基本的に誰にも下の名前を呼ばせたことはない。女の子にもだ。


 でも、この人には下の名前で呼ばれたい。そう思ってしまった。


「え!?」


 拓也君は驚きの表情で素っ頓狂な声を上げる。


 そうだよね。今まで知りもしなかった相手がいきなり下の名前で呼ぶように言うなんて気味が悪いよね。


 でも、私は泊まることが出来なかった。


「だ、だから、緋色で良いって言ってんの!!」


 私は思わず強めの語気で再度言い放つ。


「わ、分かったよ。僕も拓也って呼んでね」


 拓也君はそんな私にも嫌な顔もせずにニコリと笑って同じように下の名前で呼ぶように言ってくれた。


「わ、分かったわ。よ、よろしくね、拓也君」

「うん、こちらこそ改めてよろしくね。緋色さん」

「~~!?」


 私がまだまだおぼつかない言葉遣いのまま拓也君の名前を呼んで手を差し出すと、彼も私の名前を呼んで手を握ってくれた。


 その時の衝撃は今でも忘れない。


 嬉しさやら恥ずかしさやら感激やらなにやら様々な感情が渦巻き、私の顔は茹でだこよりも真っ赤になっていた自信がある。


 その瞬間、目の前の男の子に恋している自分を自覚した。


「顔が真っ赤だけど熱でもあるの?」


 彼はそういって私の額に手を当てる。


「~~!?」


 私は思わず彼から後ずさってしまった。


「あ、ごめん。親戚の姉ちゃんにいつもこうされてたから自分もついやっちゃった。ホントにごめんね」


 彼はそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。


「い、いえ、大丈夫よ。拓也君ならいつでも触って大丈夫だから、気にしないで」

「え!?」


 私はあまりの衝撃で意味不明な言葉を言ってしまう。彼も私の言葉に変な声を上げて固まってしまった。


 これじゃあ唯の痴女じゃない!!


「あ、いや、なんでもないわ。と、とにかく大丈夫だから!!拓也君は全然悪くないから。いい?」

「う、うん?分かった」


 私が気にしなくてもいいと念を押しで言うと、彼は私の剣幕に押されながらも頷いた。


「あ、僕ちょっと用事があるから帰るね」


 彼は携帯で時間を確認したのか、マズい、という表情になって話を打ち切る。


「あ、うん。わ、分かったわ」

「携帯電話ありがとう」


 私は彼との時間が終わるのが名残惜しかったけど、何か急ぎの用事があるらしい彼を引き留めるわけにもいかずに頷き、彼は携帯電話を掲げて改めて私に礼を言った。


 本当に律儀な男の子だ。


「い、いいえ、気にしないで。そ、それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」


 私は首を振ると、別れの挨拶を言い、彼もそれに返して走り去っていった。


「はぁ……明日からどんな顔して会えばいいかわからないわね……」


 そう独り言ちて未だ収まらない鼓動の高鳴りと、衝撃と感動を抱えまま、私も帰路についた。


 その日も配信する予定だったんだけど、あまりの衝撃に忘れてしまったのであった。


 私がそんな彼への馴れ初めを思い出したのは、今日の話が衝撃的だったからだ。


 私の目の前にいる男の子は私の憧れであり、大好きになってしまった相手。


 その相手には今まで浮いた話を聞いたことがなかった。だからゆっくり仲を深めてゆくゆくは、告白しようと考えていた。


 それが今日この学校の五大美少女のうちの二人と仲睦まじく登校してきたという話を聞いた。中にはどちらかと恋人関係なのではという話も耳にした。


 私は気が気じゃなくなって事の真相を本人に尋ねた。


 彼がそんなことあるはずないと否定したことで一度は安堵した私。しかし、彼の友人である仁と雄二の言葉が、そんな私を不安にする。


 このままでは夏美姉様か雫姉様のどちらかに彼を取られてしまうのではないか、そんな恐怖が押し寄せる。


「私も積極的にならなきゃ」


 このままでは誰かに取られると思った私はもっと積極的に彼にアプローチしていくことに決めた。

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