第027話 根も歯もない噂と読者達

「いやいやいや、緋色さん?僕と夏美姉ちゃんたちが良い仲ってどういうこと?」

「え、いや、朝仲睦まじい様子で、ふ、二人と腕を組んで歩いてたって聞いたものだだから、てっきりそうなのかと」


  突然変な事を聞いてきた緋色さんに僕は問い返すと、緋色さんが落ち着かない様子で答える。


「ち、違うよ。そりゃあ、あの二人とは仲が良いけど、幼馴染だからだし」

「そ、そうなのね」


 僕の返事にやたらとホッとしたような息を吐く緋色さん。


 確かに見る人によってはそう見えるかもしれないけど、あの二人とは唯の幼馴染だ。夏美姉ちゃんと雫姉ちゃんの距離感が完全ぶっ壊れている以外は。おかげで昨日までは悶々として大変だった。何故か今日はスッキリ爽快な気分だったけど。


「それがどうかしたの?」

「あ、いえ、拓也くんってそういう話聞いた事なかったから気になっただけ」


 僕の質問に少し考えつつ、緋色さんが返事をした。


 まぁ確かに僕にそういう浮いた話はないから、突然そんな話が浮上すれば気になるのも無理もないかもしれない。


「僕にそんな話あるわけないじゃん」

「そ、そうよね。拓也君だものね」


 僕が苦笑いを浮かべると、彼女は乾いた笑みで同意した。


 分かっていたことだけど、第三者に実際に肯定されると少し傷つくなぁ。


「いやいやいや、篠宮氏、騙されてはいけませんぞ!!」

「そうだそうだ。幼馴染にして従姉弟。いつそういう関係になってもおかしくないぞ」


 しかし、そこで話が終わることはなく、仁と雄二が緋色さんに話しかける。


「え?ホ、ホントに!?」


 その言葉に緋色さんが焦ったように驚く。


「ちょっと!!何変なこと吹き込んでるの?」

「嫌だってそうだろ?それだけ仲がいいんだから、いつそうなってもおかしくないじゃないか」

「ですぞですぞ!!桐ケ谷氏がそう思っていても相手はそう思っていないかもしれないんですからな!!」


 僕が二人を止めに入ると、二人が夏美姉ちゃんや雫姉と恋人になる可能性を示唆する。


 あるかないかでいえば確かに可能性としてはあると言えるのかもしれないけど、それは第三者から見たモノ。


 僕は一昨日と昨日の出来事を思い出す。僕から見れば弟として可愛がられているだけで、そういう対象としては見ていられないという印象だ。


「それはないよ」

「ど、どうして?」


 僕が断定すると、緋色さんが理由を恐る恐る尋ねる。


「だってあの二人にとって僕はあくまで弟みたいなもの。言うなれば家族だもん。そういう感情は持ってないと思うよ」

「そ、そうなんだ」


 僕が呆れたように答えると、緋色さんは落ち着きを取り戻した。


「なんだか今日の緋色さんはそわそわしているけど、大丈夫?」

「え?うん、大丈夫大丈夫!!ちょっと元気過ぎるだけだから!!」


 さっきから驚いたり、ため息吐いたり、慌ててみたりと、とてもせわしなく動いている彼女は、乾いた笑みを浮かべて僕に向かって力こぶを作ってみせた。


「そ、そう?ならいいんだけど。二人もホントに根も葉もない事言わないでよね」

「そうかなぁ。可能性は全然あると思うけどなぁ」

「自分もそう思いますですなぁ」


 僕が少しムッとして二人を非難すると、二人は納得いかなそうな顔でぼやいた。


 そんなことがあるなら僕としては嬉しい限りだけど、なりそうもないからね。


 夏美姉ちゃんと恋人関係になれたら嬉しくて毎日舞い上がっちゃうと思う。


 僕が夏美姉ちゃんと恋人になってデートをしている光景を思い浮かべるとついついにやけそうになるけど、顔に出ないように感情を抑える。


「まだ言っているし。緋色さんは気にしないでね」

「え、あ、うん、わ、分かった。あ、そ、そういえばダンドリの新刊発売したわね」


 僕が緋色さんの方を向いてニッコリ笑うと、緋色さんが百面相した後、ダンドリの最新刊の話を持ち出す。


 皆、僕がそのダンドリの作者だなんて知らないんだから不思議な感じがする。


「うん、そうだね」


 僕は迂闊な事が言えないので、同意するように頷いた。


「ああ、今回もめっちゃ面白かったよな!!」

「そうですなぁ。主人公がギリギリのところで間に合ったところは手に汗握りましたなぁ。Web版とはかなり展開が変わってて別物ですからなぁ」

「そ、そうね!!あのシーンは本当にドキドキしたわ!!」


 三人とも今回の巻も面白いと言ってくれて僕は心の中で嬉しくなる。


 何を隠そう、この三人もダンドリのファンだと公言してやまない友人たちだ。なにやら時折緋色さんがこちらをチラチラと見ながら恥ずかしそうに話しているけど、気のせいだと思う。


「ありがとう」


 僕はあまりに嬉しくてついつい感謝の言葉を小さい声で述べてしまった。


「なんか言ったか?」

「いや、なんでもないよ」


 ぼそりと言った僕の声に雄二が反応したけど、僕は首を振った。誰にもその声を聞かれなかったようで僕は心の中で安堵する。


「そんなことよりも早く続きが見たいよな!!」

「ですなぁ。物凄く気になるところで終わってたですし」

「Web版とは全然違うから、夜も眠れないわ!!」


 それから三人はホームルームの時間になるまでダンドリの話で盛り上がった。僕はそれをにこにこしながら聞いて、相槌を打っていた。

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