第029話 目撃

「あ、あの拓也君、今日は一緒に帰らない?」

「え?」


 僕は突然の誘いに呆然として思わず聞き返してしまった。


 僕を誘ってきたのは、篠宮緋色さん。彼女とは学校ではよく話すことはあったけど、彼女自身クラスカースト上位の誰かとよく放課後に遊びに行っていたし、僕も仕事が忙しくて早く帰ることが多かったから、今までそれ以上に何かすることはなかった。


 それが今日突然彼女から誘いがあって戸惑ってしまったのだった。


「えっと、ごめん。夏美姉ちゃんと約束してるから……」

「やっぱり……」


 僕が夏美姉ちゃんと帰ることになってるからと断ると、物凄く衝撃を受けたような顔で口元押さえる緋色さん。


 未だに朝のことを引きずっていて、一緒に帰ると言うだけで、勘ぐってしまったのだと思う。


「いやいやいや、従姉妹で家が近いから昔からよく一緒に帰って、姉ちゃん家に寄って帰るとか普通にやってたんだよ」

「そ、そうなのね。ご、ごめんね、そんなことも知らずに」


 だから、僕は慌てて言い訳をした。


 最近は疎遠になっていてそんなこと全くしてなかったんだけど、それを言えばより誤解されそうなので黙っておく。


 彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


 でも、流石に過剰反応な気がするんだけど、緋色さんは一体どうしちゃったんだろう。


「ううん、朝の事があったからしょうがないよ」

「う、うん。そっか、それじゃあ私帰るね」


 僕が苦笑を浮かべると、緋色さんは頷いたあと、そそくさと話を打ち切り、振り返って走り出した。


「あっ」


 僕が呼び止める間も無く、あっという間に走り去る緋色さん。僕はどうしようも出来ないまま、夏美姉ちゃんの待つ、昇降口に向かった。


「あっ。たっくん、お疲れ様」

「うん、夏美姉ちゃんこそ」


 昇降口で待っていた夏美姉ちゃん。遠巻きに見つめる視線が多数あったけど、姉ちゃんに近づこうという猛者は居なかったようだ。


 姉ちゃんは告白にくる男達を悉く完膚なきまでに振っていたらしいので、近づきにくいんだろうなぁ。


 そもそも姉ちゃんに告白しようって勇気が凄いと思う。自分に余程の自信がないと無理しゃないかな。少なくとも自分にはそんな勇気出せそうにない。


 そんな所に現れた僕に羨望と嫉妬、殺意にまみれた視線が絡みつく。


「うふふ。それじゃあ、帰りましょ」

「うん」


 姉ちゃんはそんな視線を意に介することもなく、僕の腕を取った。視線の圧が強まった気がした。


「そういえば、緋色ちゃんが俯いて走っていったけど何か知ってる?」


 夏美姉ちゃんと腕を組んで歩き始めると、姉ちゃんが思い出したようにそんなことを言う。


「えっと、直接的な原因かは分からないけど、さっき一緒に帰らないかって誘われて断ったんだ。姉ちゃんと帰る予定だったし」

「なるほどね。悪いことしたかな?」


 僕がさっきの出来事を思い出しながら答えると、夏美姉ちゃんは納得した後、何某か呟いた。


「何?」

「んーん、何でもないよ。それよりも今日食べたい物ある?」


 僕は聞こえなかったので聞き返すと、姉ちゃんは首を振って話題を変えて夕飯の献立を僕に尋ねる。


 何でもいいって言っちゃうとむしろ困るって聞いたことがあるから、昨日と一昨日食べたものになくて、僕の好きな物を考える。


「えっと、そうだな。姉ちゃんのハンバーグが食べたいかな」

「ふふふ。たっくんハンバーグ好きだもんね。任せてよ。一緒に買い物行こ?」

「うん、分かった」


 僕たちは買い物をするためにスーパーに寄ってから帰ることにした。


 僕達はスーパーに行くために、普段とは別の道を通り、お店が集中している方に向かう。


「たっくんとの買い物も久しぶりだね」

「そうだね」

「うふふ、楽しみ」


 僕との久しぶりの買い物に楽しそうな表情を浮かべる夏美姉ちゃん。


 姉ちゃんは料理を覚えてからちょくちょく夕食を担当することもあって、学校帰りに夕食の買い物をすることが度々あったんだけど、自分もよくそれに付き合って一緒にスーパーに行って荷物を分け合って持ち帰る日がよくあった。


「別にただ買い物するだけなんだから、そんなに楽しいことなんてないでしょ?」


 僕はただ買い物なのに嬉しそうにする夏美姉ちゃんに僕は尋ねる。


「何言ってるの?久しぶりにたっくんと買い物に行くのが楽しいんじゃない」

「べ、別に僕が一緒でも必要な物を買うだけじゃないか」


 きょとんとした顔で答える夏美姉ちゃんから僕は顔を逸らして反論した。


 そういうことを普通に言うのを止めて欲しい。


「少なくともこうやって会話できるし、くっつける相手がいるじゃない。それともたっくんは私と買い物に行くのが嫌?楽しくない?」

「嫌じゃないし、楽しいけど」


 そう聞かれたらこう答えるしかない。


 もちろん本心から夏美姉ちゃんと一緒にいるのは楽しいと思う。


「ほら、私と一緒じゃない」


 だからそう言われてしまうと反論できない。


―キャッ


 僕たちが歩いている通りのどこかから声が聞こえた気がした。それも聞き覚えがある声が。


「姉ちゃん!!」

「うふふ、流石たっくん!!」


 僕は夏美姉ちゃんを引きはがして、その声が聞こえるところに駆けだした。後ろで姉ちゃんが追いかけてくる。


 路地を曲がって僕の視界に飛び込んできたのは、多数の男たちに絡まれれる緋色さんの姿だった。

 

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