第037話 メイドを泣かせる主人
「お茶を持ってきたわよ」
「あ、ありがとう」
暫くして戻ってきた緋色さんの手にはお盆が持たれていて、その上には湯気を立てた湯飲みが乗せされていた。
「どうぞ」
「あ、うん」
僕の前に湯飲みを置く緋色さん。彼女はじっと僕の方を見つめている。
物凄く居心地が悪い。その視線の意味するところは、お茶を飲んでほしいと言うことだろうか。
僕は彼女の視線の意味を汲んで、湯飲みを手に取り、お茶を口に含んだ。
「美味しい」
僕は思わず呟く。
夏美姉ちゃんが入れたであろう美味しい緑茶だった。
「あ、ありがと」
「え?どういう意味かな?」
緋色さんがお盆で口元を隠して恥ずかしそうに礼を言う。
夏美姉ちゃんが淹れたお茶を味わっているというのに緋色さんがお礼言うなんておかしいと思うんだけど。
「そ、そのお茶私が淹れたの」
「え!?ホントに!?」
緋色さんの言葉に僕は思わず顔を凝視するくらい驚いた。
なぜなら味もいつもとほとんど遜色ないくらい美味しかったから。
「うん、夏美姉様に教えてもらいながら入れたの」
「そうなんだ!!夏美姉ちゃんが淹れたのと全然変わらないくらいに美味しいよ」
確かにそれならこの味も頷けるけど、緋色さん自身の飲み込みの良さもあるんだと思う。
「そ、そう。喜んでもらえたならよかったわ。ほ、他にして欲しいこととかあるかしら?」
お盆越しでも分かるほどにはにかむ緋色さんは僕に尋ねる。
「今のところはないかな。もうすぐご飯だから何か食べることもないし」
「そ、そうだよね」
僕が何もないと答えると、露骨に残念そうにする緋色さん。
何かやってもらうのが申し訳ないと思ったんだけど、そんな表情をされると何かしてもらった方が良いと思ってしまう。
「うーん、そうだなぁ。それじゃあ、この話の感想をくれない?」
「え?」
僕はそれなら、とさっきまで書いていた話を読んでもらうことにする。
アカネが大好きな彼女がこの話を読んでどんな反応をするかは、投稿する際に非常に参考になると思う。
「さっき書いたばかりのWeb版の最新話なんだけど、番外編だけどね」
「え、いいの!?」
緋色さんは言っている意味が分からなかったようなので、パソコンの画面を指差しながら再度説明すると、緋色さんは先ほどまでモジモジしていたのも忘れるほどに目を見開いて驚きながら喜色を現していた。
「いいよ。後はもう出すだけだから」
「それでも、他の人よりも先に読めるなんて……う、嬉しい」
「あははは。あれ持ってきて座りなよ」
「う、うん」
本当に楽しみにしてくれてると思うと、僕も嬉しくなって笑顔になる。僕は波じいが持ってきてくれた椅子を指さすと、緋色さんはおずおずと言った感じで僕の隣に椅子を置いた。
「それじゃあ、どうぞ」
「そ、それじゃあ、謹んで読ませてもらうわね」
僕が椅子をスライドさせて席を譲ると彼女が緊張した面持ちで画面の正面に移動する。
「そんなに気負わないでよ、深呼吸して」
「う、うん、スーハー、スーハー。それじゃあお言葉に甘えて……」
そこまで緊張されると困るので僕は落ち着くように促し、彼女は落ち着くように大袈裟に深呼吸をした後、恐る恐ると言った感じでマウスを操作する。
「これって……」
「あははバレた?そう、今日緋色さんと一緒に過ごしたら、なんだかアカネの話を書きたくなってね。緋色さんアカネ好きだって言うし、ちょうどいいかなと思ってね」
そして話のタイトルを見たアカネが呆然とした表情で僕の方を向いた。僕は苦笑を浮かべながら肩を竦める。
「うっ。ダンドリの作者自らアカネの番外編をかいてくれるなんて……」
「お、大げさだなぁ」
口元に手を当て、目を潤ませながら感動している様子の緋色さんに、僕は苦笑いを浮かべてオドオドしてしまう。
「全く大げさなんかじゃないわ。私、これよんだらまた世界が変わるかもしれないもの」
少し目を細めて僕を睨む緋色さん。
まさかそこまでとは思ってなくて、今から期待が重いんだけど……。
「そんなに濃い内容を書いてはいないと思うけどね。楽しんでくれたなら嬉しいよ」
「うん、読ませてもらうわね」
「どうぞ」
僕の言葉に意気込んで机に向かう緋色さん。僕は隣で暫く目を瞑って少し物思いに耽ることにした。
「え、どうしたの!?」
どうやら僕は軽く眠っていたらしく、目を開いた時、僕の隣には号泣してハンカチを濡らす緋色さんの姿があった。
「う、うう。感動しちゃって……。なんて話を書いてくれたの……」
「いや、いつも通り書いただけなんだけど……」
泣きはらした顔のまま、僕の方を向いて話す緋色さん。僕はまさかそこまで感動させるとは思ってなくて困惑してしまう。
「それでこんなお話が書けちゃうなんて……。やっぱり改めて拓也君がどれだけ凄いかわかったわ。先に読ませてくれてありがとうございます」
「いやいや、ちょっと出す前に感想聞きたかっただけだから気にしないで。むしろこっちこそありがとうございます」
困惑している僕に突然神妙な顔をして僕に頭を下げるので、僕も恐縮してしまい、頭を下げてしまう。
「ご飯出来たよ~」
そんな僕たちの事情も全く知らない夏美姉ちゃんが部屋に入ってきた。
「あら、たっくんも女の子を泣かすなんて隅におけないね!!」
夏美姉ちゃんは小悪魔みたいな笑みを浮かべてニシシと笑う。
「違うから!!」
僕は必死に誤解を解いた。
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