第036話 メイド二号

 僕は二人がお風呂に入ってる間、web投稿の内容を考える。なんだか今日は緋色さんのお陰、と言っていいのか分からないけど、アカネの話が書きたくなった。だから僕は急遽番外編としてアカネの話を書くことにした。


「たっくん、お風呂あがったよ」

「わっ」


 次に気づいた時には目の前に夏美姉ちゃんの顔がいきなり現れて僕は驚く。いつも通り、顔を両手で挟まれるようにして現実に引き戻された。


 ほんの束の間書いてただけのつもりだったのに、それ相応の時間が経っていたらしい。夏美姉ちゃんはメイド服に身を包んでいて、それは緋色さんが来ていても変わらないみたいだ。


「お風呂ありがと」


 夏美姉ちゃんの傍らには学校のジャージを着た緋色さんが立っていた。


 そういえば今日は体育があったんだった。ちょうどよかった……のかな。


 緋色さんの頬には僕とおそろいのように湿布のような医薬品が貼ってあった。


「あ、うん。気にしないで。姉ちゃん手当もしてくれたんだね、ありがとう」

「うん、傷は無いけど、女の子の顔はとっても大事だからね。それにお礼なら緋色ちゃんから貰ってるから気にしないでいいよ」

「そ、そっか」


 頬が晴れているのを隠して家まで連れてきたけど、手当てするのをすっかり忘れてしまっていた。


 やっぱり夏美姉ちゃんには頭が上がらないな。


「ちょ、ちょっと聞いてもいい?」

「ん、何?」


 傍らに佇む緋色さんが挙手をして恐る恐るといった感じで僕に尋ねる。


「なんで夏美姉さまは、その、メイド服を着てるの?」

「これはえっと、その……」


 僕にとってはもう徐々に慣れてしまいつつあったけど、そういえば家の中でメイド服を着ている人なんていないよね。


 僕は上手い言い訳が見つからずに言葉に詰まる。


「ま、まさかそういう趣味なの?」

「い、いや、これは趣味ではないんだけど……」


 緋色さんは、恥ずかしそうにこちらを見ながら再び僕に質問した。


 僕の趣味ってことはないはずだけど、でも夏美姉ちゃんがメイド服を着ている姿がは好きだし、もしかしたら趣味なのかもしれないとか思うと、僕はまた言い淀んでしまう。


 これじゃあ、完全に趣味ですって言っているようなものだよね……。


「ふふふ。緋色ちゃん、これは私がたっくんの身の回りの世話をしているから着てるんだよ。身の回りの世話と言ったらメイドでしょ?」

「う、うーん、そうでしょうか?」


 ここで見かねた夏美姉ちゃんが助け舟を出してくれる。緋色さんは困惑気味だけど。


 夏美姉ちゃんも発想元が二次元作品のため、人とズレているんだよね。


「そうなんだよ。それに、この服たっくんも気に入っているみたいだからいいじゃない」

「そ、そうなの?」


 夏美姉ちゃんの言葉に僕の方を見る緋色さん。


「そりゃあ、メイド服って可愛いと思うし。可愛いは正義っていうか……」

「そ、それじゃあ、私もメイド服を着たら、か、可愛いかしら?」


 気に入ってるか気に入ってないかで言えば、夏美姉ちゃんは何着ても似合うし、最高に可愛いから気に入ってるに決まってる。でも、そんなことを言えない僕は、メイド服自体のことを褒めると、緋色さんが突然そんなことを言い出す。


「え!?べ、別にメイド服を着なくても緋色さんは可愛いと思うんだけど……」


 僕はしどろもどろになって思ったことをそのまま呟いてしまった。


「~~!?」

「あ、ごめん。僕にこんなこと言われてもしょうがないよね」


 緋色さんが何も言わずに俯いてしまったので、僕は落ち込みながら謝った。


「……てあげる」

「え、なんて?」


 僕が俯いていると、緋色さんが何かを呟いたみたいだけど、僕は聞こえなかったので聞き返す。


「だから、着てあげるって言ってるの」

「な、なにを?」


 もう一度言ってくれたんだけど、僕は意味が分からなくてもう一度尋ねる。


 着る?着ると言えば服だけど、何を着るんだろう。


「メイド服に決まってるでしょ!!」

「え、い、いいよ、そんな。姉ちゃんは自分から望んで着てるんであって、緋色は違うでしょ?」


 メイド服と言われてようやく合点がいった。でも流石に着たくもない人に着てもらう趣味ではない。


「わ、私が着たいって言ってるんだからいいでしょ」

「そりゃあ、勿論僕に止める権利はないけど……」


 緋色さんが着たいと言えば僕には何も言うことが出来ない。


「だったらいいじゃない。だ、黙って私のメイド服を堪能すればいいでしょ!!」

「い、いや、別に僕はそんなつもりじゃ……」


 怒ったように僕に言う緋色さんに、僕は両手を挙げて顔を横に振る。


 僕は自分から見たいと言ったわけじゃないので困惑するしかない。


「な、なに!?私にメイド服じゃ不満だっていうの?」

「そ、そんなことないけど……。でも、なんで急に?」


 プンプンと言う擬音が似合うような怒り方で僕に問い詰める。


 僕としては見せてくれるというのなら勿論見せて欲しいけど、突然そう言いだした理由が気になる。


「お、お礼よ」

「お礼?」


 プイッとそっぽを向いて答える緋色さんに僕は首を傾げた。


「今日助けてくれたし、一人で不安な私をここに連れてきてくれて、その上拓也君の大事な秘密を私に教えてくれた。でも私はなんにも返せてない。だからせめてもお礼よ」

「そんなこと気にしなくて良いのに……」


 僕は放っておけなくて勝手に助けただけだし、ここに連れてきたのも同じ理由だ。だからそんなに気にしなくてもいいと思ったんだけど……。


「いいの!!返したいって思ったの!!」

「はいはい。二人とも。拓也君、せっかく緋色ちゃんが来てくれるっていうんだから着てもらったらいいじゃない」


 またプリプリと怒り出した緋色さんを見るに見かねて夏美姉ちゃんが僕たちの間に入ってくる。


「で、でも……」

「たっくん。相手を気遣うのもいいけど、それは相手の気持ちあってこそだよ。緋色ちゃんがたっくんに恩返ししたいって気持ちを否定してまでやることじゃないわ。素直に受け取ってあげなよ」

「わ、分かったよ」


 僕はお礼のためにメイド服を着てもらうなんて申し訳なくて反論しようとするけど、夏美姉ちゃんに諭されて、渋々受け入れた。


 確かに相手がお礼したいという気持ちを僕が否定するのはダメだよね。


「うんうん、それでこそたっくんだよ」

「でも緋色さんにあったサイズのメイド服あるの?」


 満足げに頷く夏美姉ちゃんに僕は尋ねる。


 夏美姉ちゃんは自分の一着しか持っていなかったと思うんだけど……。


「もっちろーん!!家具と合わせてメイド服色んな種類とサイズを頼んでおいたから」

「はぁ……全く用意がいいね」


 元気に答える夏美姉ちゃんに僕は呆れるようにため息を吐きながら苦笑いを浮かべた。


 夏美姉ちゃんはどうやら家具だけでなく、メイド服も買っていたらしい。全くいつの間に……相変わらず抜け目ないなぁ。


「ははははっ」


 夏美姉ちゃんは僕の様子を見て満面の笑みを浮かべる。


「じゃ、じゃあお願いできる?」

「い、いいわ」


 僕はどもりながらも緋色さんにお願いすると、緋色さんも恥ずかし気にしながら頷いた。


「それじゃあ、緋色ちゃん行きましょ。滅茶苦茶可愛くしてあげる」

「は、はい。夏美姉さま」


 二人は着替えに部屋を出ていった。


 そしてしばらくして戻ってきた緋色さんは、姉ちゃんとはまた違うメイドを服を着ていた。全体的にゴスロリっぽい雰囲気をメインにしていて、袖が独立していてアームカバーのようになっている。それでいて胸は相変わらず強調されるような作りになっていて、緋色さんの程よい大きな胸が露わになっていた。


 そしてなぜかヘッドドレスとは別にうさ耳が付いている。それが緋色さんの赤みがかった軽くウェーブのかかったロングヘア―の髪の毛と良くマッチしていて物凄く似合っていた。


「ど、どうかしら?」

「か、可愛い」

「~!?」


 モジモジしてスカートの端を押さえるようにしてながら尋ねる彼女に、僕が思わずつぶやくと緋色さんは赤面して俯いてしまった。


「ご、ごめん」

「ううん、た、拓也君が喜んでくれたならいいわ」

「う、うん。勿論嬉しいよ」


 僕は変なことを口走ってしまったのですぐに頭を下げると、緋色さんはそっぽを向きながら恥ずかしそうに照れていた。僕も恥ずかしいけど、可愛い女の子のメイド服姿は眼福でしかないないので照れるように笑った。


「うふふ、たっくんに喜んでもらえて良かったね、緋色ちゃん」

「は、はい。夏美姉さま」

「それじゃあ、私は夕飯作るから、たっくんのお世話は緋色ちゃんにお願いするね。飲み物とかお菓子とかのことを教えるよ。いきましょ」

「わ、分かりました」


 メイド服のお披露目が終わった二人はまた部屋を出ていた。


「そういえば……」


 僕は緋色さんがメイド服の下に来ている物が夏美姉ちゃんが買ってきたばかりの下着だということを思い出して想像してしまった。


 そのせいで僕のなまくらソードは大きく膨れ上がるのであった。

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