第051話 雫の願い

 三人に依頼した次の日、大体的にとある男の事件が報道された。


 その男はとある財閥の一族で僕の学校の水泳部の監督をしていた男。そう、雫姉ちゃんを脅して乱暴しようとしていたあの男だ。


 あの男は雫姉ちゃんだけでなく、これまでに何度も同じようなことを繰り返していて、その被害者は一人や二人にとどまらず、その総数は二桁に届いていたらしい。


 僕が割り込んでいなければ雫姉も逆らうことが出来ずに、肌を許すことになっていたと思うと心の底からゾッとする。


 雫姉には小さい頃からお世話になっているし、幸せになって欲しいので、あんな男のせいで人生を棒に振るようなことにならなくて本当に良かった。


 なぜそのようなことが可能だったのかと言えば、あの男がウチの学校に寄付している大財閥の身内で、彼の一言によって財閥からの寄付を打ち切らせることが出来るため、学校側も彼の蛮行を止めることが出来なかったということだ。


 この事件は財閥の親族の大スキャンダルとして取り上げられた。


 財閥は自身の身内の大失態に、記者会見ですぐに大々的な謝罪を行い、被害者たちへとの手厚い保障を約束する旨を説明した。


 さらに数日後。


 財閥は学校への寄付を止めることなく、これからも継続していくことも明言し、学校側もあの男の蛮行を止められなかったことを理由に経営陣が一新され、新しい体勢になることが決まった。


 そのせいで学校には何かと慌ただしい空気が漂っていた。


「拓也……本当にありがとう」


 僕の家に来ていた雫姉が本当に嬉しそうに僕に微笑む。


「いや、雫姉の弟が推薦を取り消されなくて本当に良かったよ」

「うん、これも拓也のおかげ」


 僕は心の底から何事もなかったことを祝う。雫姉も本当に心から安堵しているようだ。


「僕は大したことはしてないよ。僕の物語を好きだと言ってくれる人たちの力をちょっと借りただけ」

「ふふふ。それも拓也の力なんだからもっと誇ってもいいんだよ」


 普段あまり見せない笑みに僕は照れくさくなって謙遜すると、雫姉は可笑しそうに口元に手を当ててクスクスと笑った。


「それはそうと、水泳部に居づらいんだって?」

「うん、あの監督は外面だけは良かったから、信じられないって人も何人かいるし、その告発をしたのが私だと思われているみたいで……」


 まさかそんなことになっているなんて……。

 無外面いい人はそういうところで変な信頼関係を作っているから面倒だよね全く。


「全く困った人たちだね。証拠も出揃ってるのに。顧問は何か言ってる?」

「記録には圧倒的に差があるし、大会には出すから、ほとぼりが冷めるまでどこかで練習したらって」


 確かに一緒に練習するよりも、お互い冷静に慣れるまで距離を置くのも一つの手だよね。


 というかそうなるだろうと思っていた。


「なるほど。そう言われるような気がしたから、特別ゲストを呼んでおいたよ!!どうぞ!!」

「え!?」


 だから僕はまた物語の力を使って強力な助っ人を呼び寄せていた。


 僕の言葉に驚きで目を見開く。


「ハァイ!!シズク、初めまして!!」


 ドアの外から現れたのは二十代後半程度に見える金髪碧眼の美しい女性。


「え?え?ま、まさか、オリンピック四連覇、生きる伝説リスティス・カーリー!?」

「OH!!私を知っているんですか?ウレシイです!!」


 雫姉が立ち上がって混乱するのも関わらずに雫姉の手を取ってブンブンと振っている。


 僕がここに呼んだのはオリンピックに出場した水泳の全競技で前人未到の四連覇を果たしたリスティス・カーリー。先日引退を表明した彼女は、その美貌からタレントとして活動していく予定だけど、今はまだバカンスというか休養を楽しんでいるところらしい。


「そうだよ。僕からお願いして来てもらったんだ」


 リスティスに振り回されて困惑している雫姉にネタばらしをする僕。


「い、一体どうやって……」

「僕と言ったらこれしかないでしょ?」


 こんなすごい人物をどうやって呼び寄せたのか理解できない雫姉に、僕はダンドリの単行本を取り出した見せる。


 彼女は日本語を覚えてしまう程にダンドリが好きなファンで、作者である僕からのメッセージにすぐに応えてくれて、すぐに来日してくれた。


 雫姉は彼女に憧れて水泳していたはずだから、落ち込んでいる雫姉を励ますために来てもらったんだ。


「ハァイ!!ミスター拓也はグレイトな作家!!私大ファンデス!!まさか本人から連絡を貰えるとは思わず、飛んできちゃいマシタ!!」

「まさかこんな人まで虜にしてるなんて拓也はホントに凄いね」


 僕がダンドリを見せたタイミングで、リスティスも同意するようにハイテンションで答える。その様子に雫姉は呆然と僕を見つめた。


「あはは。ダメもとだったんだけどね。来てくれちゃったんだよ」


 まさか本当に来てもらえるとは思わなかったので、僕も今更ながら乾いた笑みを浮かべる。


「そういえば、どうして彼女を?」

「せっかくだから世界最高の泳ぎを体感してもらったり、教えてもらったりしたらどうかと思ってね」


 彼女を呼んだのは会えば元気が出ると思ったのが一番だけど、世界で一番の彼女に泳ぎを教えてもらったら雫姉の糧になると考えてと言うこともあった。


「え!?流石に彼女がそんなことしてくれるわけが……」

「オッケーですよ!!」

「だってさ」


 驚愕してリスティスの方を恐る恐る向く雫姉に、リスティスはサムズアップしながらウインクする。


 僕はその様子に苦笑いを浮かべて肩を竦めた。


「ほ、本当に良いですか?」


 信じられない内容に、雫姉は再び尋ねる。


「ミスター拓也たっての頼み。私リスティスが力を貸しマスよ!!」

「あ、ありがとうございます!!」


 リスティスは任せろと言わんばかりに力こぶを作ってみせた。その姿に雫姉は声を上擦らせながら頭を深々と下げた。


「練習はウチのプールを使いなよ。それから出来るだけ時間を無駄にしたくないだろうから練習を受ける間は泊まっていけばいいし。リスティスも客室に泊まってもらう予定だからさ」

「わ、分かった。お言葉に甘えさせてもらうね」


 僕は雫姉に提案し、雫姉は興奮冷めやらぬ様子で頷いた。


「気にしなくていいよ。他でもない雫姉のためだからね」

「~~!?」


 僕は嬉しくなって返事をしたら、雫姉は突然真っ赤になった。


「な、なんか変なこと言っちゃった?」


 僕は恐る恐る雫姉に尋ねる。


「そ、そんなこと言われたらもう我慢できない。拓也、私も拓也のハーレムに加えてほしい」

「え!?」

「ワァーオ!!」


 雫姉から帰ってきた答えに僕は目を見張って驚愕し、リスティスも大きな口を開けて驚いていた。

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