第050話 末路(脅迫男視点)
「いいところで邪魔されちまったが、あいつが俺の手に落ちるのは時間の問題だな」
俺は仕事が終わり、自宅へ帰る途中の出来事を思い出す。
数年前に水泳部の監督として就任してからずっと俺が部を取り仕切っていた。
水上雫を呼び出し、弟の水泳推薦枠を人質に取って、アイツを良いようにするはずだったが、良いところで邪魔が入って今日の所は何もできなかった。
しかし、邪魔にきた生徒は何の力もなく、ひ弱で根暗そうな見た目をした少年で、見るからになんも出来なさそうな人間だ。
今日はたまたま近くに来て現場を見られたようだが、大した障害にはならない。
なぜなら俺があの学校に顔が聞き、逆らえない相手だからだ。
俺はとある財閥の一族で、俺の一族はあの学校には多額の寄付を行っている。俺に逆らうと言うことは、その寄付がなくなってしまうかもしれないということだ。実際俺が親父に一言いえば、本当に寄付を止めてしまうことができるはずだ。
寄付の額はかなり大きな割合を占めていて、それがなくなればあの学校も経営が危うくなる。そうなればあの学校も困るため、俺が何をしようと強く言うことはできないし、勝手にもみ消してくれる。
これまでにも同じ方法で何人かの女に手を出してきたが、やはり若いのは良い物だ。
「くっくっくっ」
俺は水上が自分の手に落ちる場面を想像して思わずほくそ笑む。
「っと、ちょっと景気づけに酒の美味い店にでも寄るか……」
手に入ったも同然の未来に、少し気が早いが、酒の旨い高級店にへと足を運んだ。
「お任せで、それと料理に合った酒を」
「畏まりました」
俺は案内された席に座ると、特にメニューを見ることなく、いつものように注文し、料理を待つ。
「SNSでも見るか」
俺は待っている間暇なのでスマホをとりだして、Tripperを眺める。
「ははははっ。どうやらまたバカな誰かが何の対策もせずに女子高生に手を出したのか。全くバカは手に負えないな」
タイムラインはどうやらYouhotubeに暴露動画が上がっていて、名前などは上がっていないようだが、女子高校生に手を出した水泳の監督が居て、騒然としているようだ。
一体どこのバカだこいつは……。
俺はそのバカの顔を拝んでやろうと動画のリンクをタップしようとした。
「お待たせしました」
しかし、俺がリンクをタップする寸前で料理がやってきたため、俺はスマホをポケットに仕舞い、料理と酒に舌鼓を打つことにする。
バカの顔は後で拝めばいい。
俺は自爆したアホの事を忘れて、目の前に運ばれてきた美しい料理を口に運び、その料理に合せて選ばれた料理で流し込んだ。
「うーん、美味い」
この店の料理と酒は一度で数万にもなり、唯の水泳部の監督程度の懐事情では大変厳しい金額ではあるが、そこは家の力があるので、その程度容易く支払うことが出来る。
それから暫くの間料理を堪能した俺は帰ることにした。
「お支払いはいかがいたしますか?」
「カードで」
俺はそう言って懐から黒いカードを出して差しだす。店員はカードを受け取り、店のカードリーダーに通して所定の作業を行っていく。
「あれ?……」
店員が何事か呟く。
「どうかしたのか?」
俺は店員が困惑しているのを見て声を掛けた。
「あの……お客様……大変申し訳ございませんが、こちらのカードは使用できなくなっているようです」
「なんだと!?」
申し訳なさげ俺にカードを返却してきた。俺は驚きで大声を上げてしまった。
「~~!?」
ビクリとする店員とヒソヒソと俺の顔を見て話す客たち。
「すまない。それじゃあ、こっちのカードで頼む」
「分かりました」
俺は動揺を抑えてもう一枚のカードを差し出した。店員は再び俺のカードを受け取って手続きを進めるが、先程と同じような表情をして、視線を俺に戻した。
「申し訳ございません。こちらのカードも使用不可となっておりました」
「そんなバカな……」
一度目と同じように処理できなかったとカードを俺に差し出す。
俺はカードを愕然としたままカードを受け取り、動けなくなる。
一体なんで俺のカードが使えなくなっている。
訳が分からない。
「あの……お支払いなんですが……」
「すまない……カードしか持ち歩いていなくてな。下ろせば支払えるのだが。誰かについてきてもらうことは可能か?」
「わ、分かりました。手の空いてるものをお呼びします」
店員が心配そうな目線で俺に催促する。
俺は普段カードで支払いを済ませていたため、現金を持ち歩いていなかった。そのためこのままでは支払いができないので、誰かにコンビニまでついてきてもらって、金を下ろすことにした。
「ありえない……」
しかし、コンビニに行った俺に待っていたのは意味不明な現実だった。なぜか俺の口座が凍結されていて引き出すことが出来なかったのだ。
「あの~、大丈夫でしょうか?」
「うるさい!!」
金が下せない様子を見ていたついてきた男の店員が俺におそるおそる尋ねるが、意味が分からな過ぎて気が動転していた俺は、コンビニにもかかわらず、再び怒鳴り声を上げてしまう。
「~~!?」
「あ、すまない」
俺の怒鳴り声にビビる店員、それに周りの客やコンビニの店員が俺を怪しい物を見るような目で見ている。
それはすぐにレストランの店員に謝罪した。
しかし、キャッシュカードも使えないのでは、現金のない俺に食事代を支払うことはできない。
そこで俺は家族を呼び出すことにした。
『その番号は現在使われておりません。……』
しかし携帯の番号はすでに繋がらないという。
「はぁ!?」
俺は脳内はどんどん混乱していく。
ラインもメールもどのような連絡手段を使っても家族のだれ一人にすら繋がらなかった。
そして、そんなどうしようもない状況に陥った俺にさらに追い打ちをかけるような出来事が待っていた。
「あの~、煉馬高等学校水泳部の監督、坂之上公彦さんでよろしいでしょうか?」
そうやって俺に声を掛けてきたのはくたびれたコートを纏ったスーツの中年の男だ。
「そうですが、いきなりなんなんですか?今立て込んでいるんですが」
「いや、こっちはもっと立て込んでましてね。こういう者なんですが、こちらの動画の内容に関してお聞きしたいことがあるんですよ」
俺は支払いが出来ないでいるところにいきなり話しかけてきた男に俺が不機嫌なオーラを全開にして返事をすると、その男は懐から警察手帳を取り出し、もう一方の手でスマホの画面に一つの動画を流して俺に見せた。
「け、警察!?」
俺はその手帳が警察手帳であることに驚愕し、さらにスマホで流されているYouhotubeの動画に映っている顔はどう見ても俺だった。
『はっはっは。俺に逆らってここの水泳部でやっていけると思ってるのか?』
『すみません、どうか許してください。なんでもしますから』
『それはいいな。それじゃあ、服を脱げ』
『わ、分かりました』
『もし、このことを言ったら分かってるだろうな?破滅するのはお前だぞ』
『だ、誰にも言いません』
『分かればいいんだ』
動画では俺の顔が映し出されたまま、いつ録ったのか分からないが、明らかに俺の声と女子生徒の声が流れていた。
「ありえない……」
「おっとどうやら心辺りがあるようですね。私達と一緒に来てもらえますか?」
「くっ、分かり……ました……」
俺は何の抵抗も出来ないまま、パトカーに載せられ連行されることとなった。
「くっくっく。我らが神を愚弄した罪は償ってもらおうか」
そして取調室に入った途端、警察官の態度が一変した。
その後の事はほとんど覚えていない。分かるのは地獄だったと言うことだけだ。
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