第014話 女神の怒り(夏美視点)

「なんだ?突然出てきやがって。騎士ないと気取りか?」


 私の鼓膜を不快な声と内容が震わせる。私の涙が気を失うたっくんの顔にポツリポツリと落ちて滴り落ちる。


 たっくんをこんな目に合わせたのは私のせいだ。私が自分にしか害がないからと大した対応もせず、なあなあにあしらっていたせいで相手がつけ上がり、私に付き纏うようになってしまった。


 私はアイツが許せない。


 しかし、それ以上にその可能性の芽を摘み取っておかなかった自分が許せなかった。


 それに今日はたっくんと一緒に登校している所にこいつがやってきたものだから、たっくんにバレたくないと思い、キツイ当たり方をしたせいでこいつを怒らせてしまった。


 そのせいで無駄にたっくんを危険に晒した。


 そんな自分も許せない。


「おい、夏美。そんな奴放って置いて俺と一緒に遊びに行こうぜ?」


 たっくんが頬を腫らして気を失っているというのに、状況を理解しようともせず、呑気な台詞を宣うバカ。


 こいつは小学校から良くクラスメイトになった奴で、昔は仲良くしていた。それがいつしか道を外れ、悪い奴らと付き合うようになり、今みたいな愚かな人間になってしまった。


 元々仲良くしていたせいか、ちょいちょい私に話しかけて来て、私も別に被害を被った訳じゃないので普通に対応していたら、いつの間にか勝手に彼氏面をし始めた。


 徐々に自分勝手で傲慢な所が出てきたと思っていたところに起こったのが今回の事件。バカの名前は忘れた。こんなバカな奴の名前はバカで十分だ。


 バカが私の肩に手を触れようとする。


―パァンッ


「いたっ!?何しやがる!?」

「その汚い手で私に触らないでくれる?」


 私はその手を弾き飛ばし、立ち上がってバカを睨みつける。


「はぁ!?何言ってんだ!?お前は俺の女だろ?ふざけんじゃねぇよ!!」

「一体いつ私があんたみたいなバカの女になったのよ。私はたっくん一筋よ」


 はっきりと私を自分の者扱いしたので私はこっぴどく振ってやる。


「そんなにそこで無様にぶっ倒れてるそいつが良いってのかよ!!」

「ええ、そうよ!!」


 バカが私の後ろで静かに横たわるたっくんを指さすので、私は真剣な目で肯定する。


 強くもないのに咄嗟にわたしを庇ってくれる優しさを持ってるたっくん。

 私にとって唯一無二の存在。

 それを傷つけたこいつはただじゃおかない。


「そうかよ!!それじゃあ俺に逆らったことを後悔させてやる!!」

「出来るものならやってみなさいよ!!逆に後悔させてあげるわ!!私の最愛を傷つけた事を、これでもかって程にね!!」

「いい度胸じゃねぇか!!」


 バカが私にボクシングスタイルで襲い掛かる。


 その突進はこの私にとってあまりに


 神崎家は古くから伝わる人を壊すことに特化した古武術を嗜む一族。


 そしてそれは私も例外じゃない。私はこの年で免許皆伝。そんな私にとって只の素人の喧嘩殺法なんてあまりにお粗末なものだ。


「よくもまぁその程度の力で己惚れられるものね……」

「なに!?」


 私はバカが攻撃してくる前にその懐にするりと入り込む。


 その動きについてこれないバカは驚愕の表情を浮かべるが、咄嗟のことで対応できない。


 神崎一心流 波法 崩月掌


 私は自身の技の名前を心の中で呟き、体の一部分に狙い澄ました一撃を打ち込み、すぐにその場を離れる。


「ぐぼぉおおおお!!」


 崩月掌は内臓に直接ダメージを与える技。


 バカは何もできずにその場に膝をついて腹を押さえて胃の中の内容物を吐き出す。


「な゛に゛を゛し゛た゛ぁ」


 立ち上がることも出来ないままバカは恨めしそうな顔で何とか言葉を絞り出した。


 まさか私が戦えるとは思っていないかったって感じの顔ね。普段使わないようにしているし、こういうことでもなければ使う機会もないからね。


 知らないのも無理はない。


「全く汚いわね。そんな顔で喋らないでくれる?」


 私はその聞くに堪えない声に嫌悪感を示しながらバカを見下ろす。


「な”つ”み”ぃ」

「軽々しく私の名前を呼ばないで。私の名前を呼んでいいのはたっくんだけよ」


 前まではまだ我慢できたけど、今ではこのバカに私の名前を呼ばれると、寒気と吐き気がする。


「く゛ぞぉ」

「まさかたった一発で終わると思っていないわよね?」


 体が動かず悔しいそうな表情を浮かべるバカに追い討ちをかけるように問いかける。


 たっくんをあんなにしたこいつを只の一発で終わらせるわけがないでしょう。


 百倍返し決定よ。


「な゛に゛ぃ!?」

「あなたの人生はここで終わらせてもらうわ」

「お゛れ゛を゛こ゛ろ゛す゛き゛か゛ぁ!?」


 私の言葉に涙と汚物にまみれたその顔で叫ぶ。


 なんで私があなたを殺すなんて罪を背負わなきゃいけないのよ。


「そんなわけないじゃない。終わるのはあなたの男の部分よ」

「は?」


 私の言葉が分からず呆けるバカ。


 神崎一心流 絶法 立絶脚


 私は彼の後ろに回り丁度お尻の一部分を蹴り上げる。


「ひぎぃい゛い゛い゛い゛い゛い゛」


 余りの痛みに飛び上がるバカ。その痛みに耐えきれず、バカは前のめりに倒れ、痙攣しながら気を失った。


「あなたは目を覚ました時、自分が失ったもの大きさを知る。一生後悔なさいな」


 私がこいつから絶ったのは生殖能力。


 絶ったと言っても、所謂ED状態になっているだけで機能自体は失われていない。ただ、性的興奮は感じるので非常に辛い思いをすることになると思う。


 もちろん誠心誠意反省するなら戻してやるのも吝かじゃない。


「あ、なつ」

「ん?ああ、雫じゃない。いいところに来たわ。手伝ってよ」


 雫は私の幼馴染の一人で、クールで気まぐれなショートカットの女の子。もちろんたっくんとも面識があって、私同様にたっくんのことを雫なりに可愛がっていた。


「え?なに?」

「たっくんが私を守るためにこのバカに殴られちゃって、気を失ったのよ」

「その話はあとで聞くとして、ともかく拓也をすぐそこの病院に運びましょ。後遺症とか残ったら大変」


 疑問を抱く雫に、私は横たわって寝息を立てているたっくんを視線で指し示すと、彼女はすぐに動き始める。


「分かったわ。こいつはどうしようかしら」

「ほっとけばいいよ。拓也をこんなにしたんだから」


 私の質問に対して冷たく言い放つ雫。


 雫もたっくんを可愛がっていたからその様子をみて怒っているようだ。


「それもそうね」


 私も雫の意見に同意すると、私たちはバカを放置してたっくんを二人で協力して知り合いの病院に運びこんだ。

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