第015話 目覚め

「ん……んん……」


 なんだか眩しい。


 僕はどうしたんだ?

 確か夏美姉ちゃんが殴られそうなったのを止めるために飛びだして……。


 そこから覚えていない。


「夏美姉ちゃん!!」


 僕は急に意識がはっきりして叫んで跳び起きる。


 そこは飾りけも何もない一室。真っ白なベッドに、その周りを覆うようにカーテンが引かれ、視界を遮っている。ここは良く知っている。


 僕の視界の左側には一人の女の子が本を読んで座っていた。


「あれ?雫姉?」

「そうだよ。久しぶり、拓也」


 そこに座っていたのは夏美姉ちゃんの幼馴染で、僕も一緒に遊んでもらった一つ上の少女。ショートカットで、少し吊り上がった気が強そうな目の持つ童顔で、物静かでクールな雰囲気を纏っている。


「うん、久しぶりって、そうじゃなくて夏美姉ちゃんは!?」

「夏美ならお花摘みに行ってるよ」

「え、あ、そう」


 慌てる僕は、雫姉はマイペースな返事に面食らいながらも夏美姉ちゃんが病院にいることに安堵した。


「ふふふ、夏美は大丈夫。どこも怪我してないわ。拓也は昔から夏美が大好きだものね」


 微笑んで笑う雫姉だけど、その中に聞き捨てならない言葉があった。


「いや、そんなことは………………あるけど。雫姉知ってたの?」

「どれだけ一緒に遊んだと思ってるの?それくらい分かるよ」


 夏美姉ちゃんが無事なのは良かったけど、雫姉に僕の気持ちがバレていたという事実に衝撃を受ける。


 夏美姉ちゃんと僕を、客観的に見ることが出来る位置にいる雫姉ちゃんだからこそ、分かるのかもしれない。


「ははははっ。まぁそっか」

「本人はまだはっきりとは気づいていないと思うけどね」

「そうなんだ。それは良かった……」


 僕は誤魔化しながら苦笑して頭を掻くと、雫姉の言葉に安堵する。


 僕の気持ちがまだはっきりとは分かっていないっていうのは助かる。僕はまだ姉ちゃんの弟でいたい。はっきりしてしまったら一緒にいられないかもしれないからね。


「それでいいの?」

「え?何が?」

「伝えなくていいのかってこと」

「僕はあくまで弟。それが一番いいんじゃないかな。それ以上は分不相応だよ」


 急に雫姉が僕にそんなことを問うので、僕は思っている事を話す。


「私はそうは思わないけどね」


 僕の返事に真面目な表情で返す雫姉。


「え?」

「あ、たっくん目を覚ましたんだね!!」


 僕が雫姉にその言葉の真意を聞こうとしたところで夏美姉が帰ってきた。


「あ、夏美姉、怪我はなかった?」

「勿論よ!!たっくんのおかげで無傷!!それに、私にかかればあんなのちょちょいのちょいだからね」


 僕の質問に力こぶを作って応える夏美姉。


 見た感じ、どこにも怪我は無さそうだ。


「そうだった……。忘れてたよ……」


 そして僕は夏美姉ちゃんの言葉で実家の事を思い出し、ガックリと肩を落とした。


 夏美姉ちゃんの家、つまり僕の爺ちゃんの家は古くから伝わる武術を継承している家だ。夏美姉ちゃんも昔から道場で稽古していて、高校に入ってすぐに免許皆伝になっていたはずだった。


 ちなみにウチの母は嫌がってやらなくなったらしい。あんまり興味はないけどね。


 僕は夏美姉ちゃんがそんなに強いのも忘れて勝手に飛び出して、勝手に自滅してしまった。


 恥ずかしくて穴があったら入りたい!!


 それにそのせいで僕は怪我して気を失うし、病院つれてきてもらったし、学校もサボる事になっていると思う。


 本当に申し訳ない気持ちで一杯になった。


「ごめんね。手間ばかり増えちゃったね」

「何言っているの?私はたっくんが守ってくれて嬉しかったよ?」

 

 僕が謝ると、不思議そうな顔で首を傾げる夏美姉ちゃん。


「いや、僕すぐ殴られてすぐ気を失っちゃったし……」


 僕はすぐに戦闘不能なって滅茶苦茶カッコ悪かったの思い出して俯く。


 自分から飛び出しておいて怪我して気絶するなんてホントバカだよな……。


「バカね。相手に勝てないと分かってても、守ろうとしてくれた気持ちが嬉しいんじゃない。それに私は実際無傷なわけだし、何も問題ないじゃない」

「そうだけど……」


 夏美姉ちゃんはそう言ってくれるけど、あの時僕が何もしなければ普通に終わっていたわけで、どうしても申し訳なさが消えなかった。


「私が良いって言ったらいいの。それよりもどこかおかしなところはない?」


 僕がさらに続けようとしたんだけど、夏美姉ちゃんは話を打ち切り、僕の近くの椅子に腰を下ろし、僕の怪我をしていない方の頬に手を添えて尋ねる。


「うん、頬がジンジンする以外は大丈夫だと思う」


 僕はあちこち体を動かして確認してみるけど、それ以外は問題なかった。


 今日は何かを食べるのが大変そうだ。


「はぁ……あいつ……もっと徹底的にやった方がよかったかな?」

「いいよ、十分だよ!!」

「そう?ならいいけど」


 僕が答えると、夏美姉が指をぽきぽきと鳴らしながら襲い掛かってきた男を思い浮かべていそうなので、慌てて止めた。


「それよりもなんで雫姉がここに?」


 僕は一番気になっていた質問をする。


 あの場には雫姉はいなかったはずだ。


「夏美が不良をボコボコにしたところに居合わせたの。そして夏美と一緒に拓也をここに運んだのよ」

「そうだったの!?迷惑かけてごめんね?」


 うぇ……。


 雫姉にまで恥ずかしいところを見られた上に、ここに運ぶのを手伝ってくれただなんて謝っても謝りきれない気持ちで一杯だ。


「ううん、いいの。私がしたくてしたことだから。だから私は違う言葉が聞きたいな?」


 僕が謝ると涼やかな表情のまま首を振って僕の顔を見つめながら首を傾げる。


 うーん。こういう時はなんていうのが正解なんだろうか。やっぱり感謝を伝えるのがいいのかな。


「えっと……ありがとう?」

「うん。よくできました」


 僕の疑問を含む言葉に、雫姉は微笑んで僕の頭を撫でてくれた。


 よかった。あっていたらしい。


「とりあえず問題なさそうね」

「うん」


 しばらくやり取りを見ていた夏美姉ちゃんが、僕の様子を見て問題ないと判断して席を立つ。雫姉も夏美姉ちゃんの横に移動する。


 あ、学校に行くのかな。それなら僕も行かないと。


「それじゃあ、私たちは学校に行くから。たっくんはここで休んでてね」

「え、いやいいよ。僕も行くよ」

「駄ぁ目ぇよ、帰りに迎えに来るから。それまで安静にしてて」


 夏美姉ちゃんの指示を無視して僕が立ち上がろうとすると、夏美姉ちゃんに肩を押さえられつけられる。


 その笑顔には、いいから休みなさい、と書いてあった。


「わ、分かった」


 その有無を言わせない笑顔に僕は思わず顔を縦に振るしかなかった。

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