第035話 お披露目
「……」
「……」
夏美姉ちゃんが波じいの所に行ってしまうと、お互い話題がなくてしばらく沈黙が場を包む。
流石に自分の書いた作品だと知られてしまうと、自分からダンドリの話題を出すのもためらわれる。かと言って、今後の予定を話題に出すには事件がさっきの今で緋色さんの精神面が心配だし、ここにいることを望んでいないと思われてしまうかもしれないので、出してはいけないと思う。
「あ、その、お願いがあるんだけど……」
沈黙を破るように突然切り出した緋色さん。
なんだか、顔が赤い。トイレかな。まだ案内とかしてないし。
「えっと、何?」
「こ、これに、サ、サインしてくれない?」
「え?」
僕からトイレの事をいうのも何なので一応尋ねてみると、緋色さんは鞄をゴソゴソと探った後、カバーのかかった本を、恥ずかしさを堪えているような表情をしながらそっぽ向いて差し出した。
てっきりトイレだと思っていた僕は面くらって素っ頓狂な声を出してしまう。
「だ、だから、このダンドリの最新刊にサインして欲しいの!!」
僕が理解してないと思ったのか、ギュッと目を瞑って僕にダンドリの最新刊をよりグイッと押し付けるように差し出す緋色さん。
「あ、ごめんごめん。予想外だったからビックリしたんだ。僕でよければ勿論書かせてもらうよ」
「た、拓也君でいいんじゃなくて、拓也君のサインが、ほ、欲しいのよ、こ、こんなこと言わせないでよね!!」
僕が自分を卑下するような言い方をしたら緋色さんが、緋色さんが恥ずかしそうにしながらも怒るという器用な真似をしてプイッと顔を背けてしまった。
またやっちゃった……。
確かに自分が好きな作品の作者がそんな風な言い方をしたら嫌だよね。
「ご、ごめん」
「わ、分かればいいのよ」
僕が頭を下げると、仕方なさげにしながら機嫌を直す緋色さん。
「ありがとね。そう言ってくれると僕も自信が出てくるよ!!僕のサインが欲しいなら全巻に書かせてもらうから!!」
最近ホントに僕の周りには僕を肯定してくれる人ばかりで嬉しいんだけど、調子に乗っちゃいそうで怖い。でも、やっぱりそうやって言ってくれる人には恩返しがしたいよね。
「ホント!?今度持ってくるわ!!」
「もちろんだよ。とりあえずこれに書いちゃうね」
「うん、ありがと」
緋色さんも嬉しそうな笑顔を見せてくれたので、僕は緋色さんの持っていたダンドリの最新刊とマジックをを受け取ってサラサラとサインを書いた。
「はい」
「あ、ありがとう。家宝にするわ」
僕がサインをした本を渡すと、彼女はそう言って本を胸に抱いて笑った。
「お、大げさじゃない?」
「ううん、そんなことない。ダンドリは私の人生を変えてくれた作品だもの。その作者のサインなんて家宝どころか、私にとっては国宝より価値があるわ」
僕はあまりに過大な評価に恥ずかしくなって苦笑を浮かべると、彼女は目を瞑り、首を振ってギュッと本を抱いた。
「流石にそこまで言われると恐縮しちゃうんだけど……」
「ふふふ、誇ってほしいわ。人一人の人生を変えたんだもの。そして今日も拓也君が助けてくれた。あなたは紛れもない私のヒーローよ」
「さ、流石照れるな」
僕が申し訳なさげに頭を掻いて俯くと、彼女はパァッと花開くような笑顔で笑った。僕がその笑顔が眩しくて直視できずにさらに縮こまる。
「ただいま~」
「……」
「……」
そんなところに夏美姉ちゃんが帰ってきて僕たちは固まった。
特にやましいことはないんだけど、なんだかとても恥ずかしい気持ちになる。
「あら、お邪魔だったかな?」
「い、いや、そんなことないよ。ね?」
「も、もちろんです、夏美姉さま」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら僕達に尋ねると、僕たちは二人で顔を見合わせながら夏美姉ちゃんに答えた。
「そうかなぁ?とってもいい雰囲気だったと思うんだけど」
「それはいいから……。それより夏美姉ちゃん、搬入は終わったの?」
ニヤニヤしたままの夏美姉ちゃんの話を強引に変えて、本来頼んでいた仕事の話に切り替える。
これ以上話しているとなんだかマズい気がするんだよね。
「うん、波じいたちは帰ったよ」
「分かった。それじゃあ、夏美姉ちゃん、緋色さんをお風呂に連れてってくれる?多分汚れちゃったよね?」
波じいたちが帰ったならもう大丈夫かな。他に知らない人もいないし、緋色さんも少しはリラックスできると思う。だからまずは精神的な疲れと汚れを落としてもらうのがいいと思って夏美姉ちゃんに提案し、緋色さんに尋ねる、
「え、あ、うん。少しだけだけど」
緋色さんは体のあちこちを確認しながら答えた。
「それなら任せて!!ちゃんと緋色ちゃんの下着も買ってきたから!!」
そこで夏美姉ちゃんは待ってましたとばかりに可愛らしい上下セットの女性物の下着をどこからともなく取り出して、僕に見せつけた。
「~~!?」
「きゃあああああああああああ!?なんで見せるんですか!?」
僕は思わずその下着を着た緋色さんを想像して思わず赤面し、緋色さんは夏美姉ちゃんから下着をひったくるようにして鞄の中に隠す。
「たっくんが喜ぶと思って!!ごめんごめん!!」
「もう酷いです!!」
苦笑いを浮かべながら頭を掻く夏美姉ちゃんに、緋色さんをそっぽを向いた。
「ほら、たっくんも喜んだんだからいいじゃない!!」
「~~!?」
僕の方を指さし、それにつられるように僕の顔を見る緋色さん。彼女は僕の顔を見るなり、ゆでだこのように一瞬で顔が真っ赤になった。
僕はどうやら喜んでいるか、鼻の下をだらしなく伸ばしているかしているのだと思う。
「たっくんも嬉しいよね?」
僕に直接聞く夏美姉ちゃん。
その質問にはどう答えたらいいか分からない。
嬉しいと言えば変態だろうし、嬉しくないといえば、それはそれで緋色さんに魅力がないと言っているようで傷つけてしまうかもしれない。
「はぁ……う、嬉しいか嬉しくないかで言えば、そ、そりゃあ嬉しいけど……」
しかし、ここは言葉を濁しつつも、素直に正直な気持ちを伝えることにした。
「ね?」
「もう!!知りません!!」
僕の言葉を聞いて緋色さんに視線を向ける姉ちゃん。緋色さんは怒ったらしく、立ち上がって部屋の外に行ってしまった。
「あ、待ってよ~!!」
夏美姉ちゃんは緋色さんを追いかけて行った。
「緋色さんってあのくらいで、ああいうのが好みなんだ……」
僕は思わずさっきの下着の事を思い出して独りごちた。
とりあえず後で謝っておこうと思う。
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