第三章

042 うさぎアイテムに目がないんです

 第二回オフ会IN山田宅が終了して約一週間が経った。

 あれからクルーナーは出現せず、関係者は一応平和な日々を送っている。

 約一名を除いて。

「ああもう、あんな約束するんじゃなかったわ」今日も電話口のひみかが愚痴っている。「甘かった。みんなの記憶を頼りに、まずリストから作らなきゃならないなんて」

 まひるはBBが過去の魔法少女の個人名のデータベースを持っていると思っていたのだが、そんなものはなかった。どうやら数だけ集計して、個人的な情報を保存しているのはここ一、二年間くらい、それも完全ではないそうだ。

 電話の向こうはかなりざわついているので、たぶんひみかはどこかで飲みながらかけているのだろう。「お兄さーん。これ、もう一杯。そう、冷やで」というひみかの声が聞こえる。

「それで、そっちはどうなの」と、ひみか。

「来月、予定通りクシーはアメリカに行く。研究内容はこの前BBから送ってもらった通りだけど、俺にはさっぱりわからない」

「私も専門外だけど、なんとか代謝を引き延ばすようにしているみたい。もう少し調べてみるわ」

「俺もできるだけ手伝うよ」

 とはいえ、俺ができることも限られている。せいぜい、こうやってひみかの愚痴を聞いてやることくらいがせきの山だ。

「あとは、みんなとの連絡くらいかな」

「そうね。また連絡するわ」

 俺たちは通話を終えた。

 明日は土曜日だし、まひるの部活がなかったら、クシーの様子を聞いてみようか。

 と、思ったら、まひるからLINEが来た。グループじゃなくて、個人あてだ。

『明日、予定ありますか?』

 特に予定はないと送ると、『ちょっと付き合ってほしいところが』と返ってきた。

 というわけで、土曜日、俺はまひると、ショッピングモールに来ているわけである。もちろんワンコちゃんではなく、人間の姿だ。これだけでもかなりの進歩といえる。

「実は、美穂ちゃんの誕生日が来月なんです」モールの中を歩きながら、まひるが言った。「クシーがアメリカに行く一週間前なんですけど。それで、クシーの誕生日を聞いたら、知らないって。でも、初めて目が覚めたときがちょうど一年前くらいなんです。だから、その日をクシーの誕生日にしようって。来月美穂ちゃんと一緒に誕生日会をすることにしました。クシーの誕生日はもう過ぎちゃいましたけどね」

「そうか」俺はクシーの報告書で、彼女が初めて目覚めた日付を知っている。でも、彼女の誕生日のことまでは気が回らなかったな。「すごいな、君たちは」

 まひるは首をかしげる。

「誕生日のこともだけど、この前のクシーのこと、俺はそこまで考えが回らなかった。仕方がないことだって、ただ言われたことを、そのまま受け入れてしまってた。でも、君たちは違った。あきらめず、抵抗して、その先をちゃんと考えようとした。何か、教えられた気がしたよ。だから、ありがとうな」

「そ、そんな」まひるは首を振った。「たいしたことじゃないです。わたしたちのわがままなのかもしれないし、それに、山田さんたちは、たぶん将来のこととか、これから魔法少女になって戦わなきゃならない子たちのこととか考えてるんですよね」

「まあ、それはそうなんだけど」

「クシーのことを言わなかったのも、わたしたちのことを思ってのことだったんですよね。だから、わたし、やっぱり、わたしのワンコちゃん、山田さんでよかったって、そう思いました。あ、これかわいいです」まひるはお店のウィンドウの方に走り寄った。「これ、美穂ちゃんにどうでしょう」

 それは、うさぎの形をしたポシェットだった。

「ちょっとかわいすぎないか」俺は、美穂の昭和的スケバンファッションを思い浮かべた。

「いえ、美穂ちゃんってああ見えて、かわいいもの大好きなんですよ。特に、うさぎアイテムに目がないんです」

「へえ。意外だな」

「ふふふ。なんかおかしいですよね。人って、ぜんぜん違ったものを見てるんですね」

 俺は隣に並んでウィンドウを覗き込んでいるまひるを見た。まひるもこちらに顔を向けて、俺と目が合うと、ぱっと立ち上がった。

「こ、これ第一候補で、もうちょっと見てみましょう」

「そうだな」

 美穂とクシーへのプレゼント選びには、まひるとしてはあかねたちと三人で行こうとしたようだったが、あかねと明日香に、俺と下見に行って候補を選んできてほしいと頼まれたそうだ。あの二人の顔が目に浮かぶようだ。

 その後、いくつか候補を選び、俺たちはその情報をあかねと明日香に送っておいた。美穂のプレゼントはすんなりと決まりそうだったが、クシーのプレゼントはなかなかこれといった決め手に欠けていた。

「クシーって、何が欲しいんだろう」と、俺。

「うーん。分かりません」

「だよな。いっそのこと、本人に聞いてみるか」

「欲しいものはないって言われそうです」

「確かに」

 というやり取りをしながら歩いていると、ぴたり、とまひるの足が止まった。

「本人です」

 見ると、制服を着たクシーが、同じ制服を着た女の子たちと歩いている。

「クシーって、出かけたりするんだ」

「そりゃしますよ」まひるがジト目で俺を見ている。「クシーを何だと思ってるんですか」

「いや、ごめん」俺はクシーの一年前の報告書の印象が強くて、どうしてもこういう普段のクシーとのギャップを感じてしまうのだ。

「あれ、たぶん同じクラブの子たちですね」

「クラブに入ってんの?」

「グリークラブです。うちのグリーは女子のほうが多いんですよ」

「なるほど、それはぴったりだ」

「なんか、すごい新人が入ってきたって、評判になってます」

 と話していると、クシーがこちらに気づいた。

 クラブの子たちに手を振ると、クシーはこちらにやってきた。

 通り過ぎる人たちが、クシーを振り返っている。

 彼女が黒人と言うこともあるが、とんでもなくスタイルがいいし、ルックスもいいので、とにかく目立つのだ。

「まひる、山田さん。こんにちは」と、クシー。

「よかったの? クラブの子たち」と、俺。

「はい。用事は済ませましたから」クシーはまひると俺を交互に見た。「デートですか?」

「「ち、ちがう!」」ハモった。

「そうですか」と、クシーはあくまでも真顔だ。

「あのさ、クシー」俺は思い切って聞いてみた。「なんか、欲しいものって、ある?」

 一瞬、クシーは考える素振りを見せたが、すぐに答えた。

「欲しいものはありません」

 やっぱり。

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