027 ずっと便秘でしょ

 それからみんなでソフトクリームを食べたり、まひるが異様に気に入ったゴーカートで勝負を繰り返したりしていると、あっという間に夕方になってしまった。

 帰りはお約束のように、みんな爆睡で、車内は往きと違ってとても静かだった。俺は自分のスマートフォンのプレイリストを小さな音量でかけながら、『柳安荘』まで戻ってきた。

 お店はすでに開いていて、例によって俺たちは店の中を通って、応接室に向かった。おっさんと女子中学生三人と犬二匹がぞろぞろと歩いているのに、慣れているのか、客たちはまったく反応しない。受付に座っているマダムも、あいかわらずスポーツ新聞から顔も上げなかった。

 応接室のドアを開けて中に入ると、BBのほかに、客が二人いた。そのうちの一人が、「あかねちゃーん!」と叫びながら、あかねに飛びついてきた。

「ふぎゃ」と、あかねがうめいた。

 あかねを抱きしめているのは、黒いライダーススーツを着た北大路ひみかだった。ひみかは、嫌がるあかねの顔を、無理やりぺろぺろと舐めている。

「んー。あかねちゃんの味、久しぶりー」

「ふぎゃあああああ」顔中を舐めまわされながら、あかねが悲鳴を上げている。「や、やめろや、おかん!」

 ん?

 俺としんちゃんは顔を見合わせた。

「おかん?」

「悪寒?」

 ぽかんとした顔で立っているまひるのそばで、明日香が言った。

「いやいや。この人、あかねのお母さんだから」

「ええええ」俺とまひるが同時に声を上げた。

 なんと。だから初めてひみかに会ったとき、どこかで見たことがあると思ったのか。

「ふうー」と、ようやくひみかが顔を離した。

「ちょ、べたべたやんか」あかねが袖口で顔を拭いている。

「あかねちゃん、ずっと便秘でしょ」舌なめずりしながら、ひみかが言った。「ちゃんと野菜食べなきゃだめじゃない」

「お、お、おかんのあほーっ」あかねが顔を手で覆って、しゃがみ込んだ。「うち、もうお嫁に行かれへん」

 久しぶりに聞いたな、そのセリフ。チエちゃんか、お前は。

「お騒がせしました」ひみかが、俺に言った。「山田さん、今日はありがとうございました。引率、ご苦労様でした」

「いや。これくらい、何でもない」

 ひみかはほほ笑むと、BBを振り返った。

「ごめんなさい、BB。すっかり出鼻をくじいちゃって」

「いえいえ」BBはいつもの笑みを浮かべ、手を振った。「久しぶりの親子の対面、感動しちゃったわ」

 ほんとか?

「じゃあ、せっかくみなさんお揃いなので、ここでちょっと私からお知らせしたいことを伝えます」

 そう言ってBBは、もう一人の人物に手を差し伸べた。

「紹介するわ。アメリカから来た魔法少女、クシーよ」

 その、アメリカから来た魔法少女は、カーリーヘアの黒人の少女だった。魔法少女ということは十五歳までのはずだが、身長は俺と同じくらい、百七十センチはある。すらりとしたモデル並みの体形だった。等身がすごいな。深いココア色の肌がつやつやと光っている。

「わけあって、しばらくの間、日本で一緒に戦ってもらうことになったの」BBが続けた。「担当エリアは厳密には決めないけど、とりあえず、まひるちゃんとペアで行動してもらうことにするわ」

 俺はBBを見た。

「まひるちゃんの負荷が増えることはないから、そこは安心して」BBは俺に向かって言った。「こちらも注意を払っているから、大丈夫」

 BBは俺にうなずいた。どうやら、何か考えがあるようだが。俺はひみかを見た。

「私も心配したんだけどね、まひるちゃん、一番経験が浅いから。でも逆に、いい経験になるかもしれないから、一度それで様子を見ようっていうことになったの」

「まひるさん」BBが、改まった口調でまひるに言った。「お願いしてもいいかしら」

「分かりました」まひるが答えた。

 お前、本当に大丈夫か? まあ、やってみるしかないようだけど。

「じゃあ、クシー」と、BBが促すと、黒人の魔法少女がまひるの前に歩み寄った。

「クシーよ」そう言って、クシーは右手を差し出した。「よろしく、まひる」

「よ、よろしくお願いします、クシーさん」まひるはクシーの手を握った。

「私も十四歳よ。クシーでいいわ。まひる」

「わ、わかりました。クシー」

 クシーはにっこりと微笑んだ。

「日本語、上手だね」と、俺はクシーに言った。

「はい」クシーは俺を振り返った。「言葉は問題ありません」

「さて」BBが、ぱん、と手を鳴らした。「みんな疲れてるでしょうから、今日はこれで解散にしましょう」

「BB」俺の言葉に、BBはうなずき、「山田さんと、ひみかちゃんは残って。あと、クシーはひーさんの学校に通うことになったから。同じクラスよ。ひーさん、仲良くしてあげてね」

「わ、分かりましたっ」

「たぶん、みんなとも連携することになると思うわ。よろしくね」

 クシーは明日香と握手し、まだしゃがみ込んでいたあかねとも握手をして、その拍子にあかねはようやく立ち上がった。

「また今度、ゆっくりお話ししましょう」と明日香。「ここなら、いつでも瞬間移動で来れるから。あ、アドレス教えて」

 魔法少女たちはスマートフォンを持ち寄って、アドレスの交換を行っている。

「じゃあ、近々ミーティングしよか」あかねが言った。「LINEのグループ作ったから、また連絡するな。分からんことがあったら、いつでも聞いて」

「ありがとう」クシーがうなずく。

「じゃあ、また。山田さん、ありがとう」と、明日香とくろちゃんが瞬間移動で帰っていった。

「あかねちゃん、またねー」と言うひみかに、「もう来んな!」と憎まれ口をたたきながら、「おっさん、またな」と手を振って、あかねとしんちゃんも姿を消した。

「わたしも帰ります。山田さん、また」とまひるが言った。「クシー、おうちは?」

「北花咲町のマンション」

「めっちゃ近所だ。学校は明日から?」

「そう」

「じゃあ、朝、迎えに行くよ」

「ありがとう、まひる。助かる」

 まひるとクシーも手を振って、帰っていった。

「さて」BBが俺とひみかを見た。「ここからは、大人の時間ね」

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