014 ええこと言うた!

 目を開けると、ビルの屋上だった。

 すーっと、足の力が抜けていく。高い。隣に、都庁のビルがある。これ、新宿の超高層ビルの屋上じゃないか。

「大丈夫です」隣に立っているまひるが言った。「私と一緒にいれば、落ちません」

 なるほど、たしかに先ほどから耳元でひゅうひゅうという音が聞こえてているのだが、風の力は感じない。っていうか、ビビってるのばれてるのね。

 上空を見上げているまひるの視線を追うと、いた。昨日のゴムまりだ。その周囲を飛び回りながら攻撃している魔法少女がいる。どうやら一足先に明日香が戦っているようだ。

「山田さん、行きましょう」

 伸ばしたまひるの手を握り、戦闘モードに移行した俺たちは、すぐさま上空へと飛び立った。例によって、まひるは制服姿、俺は犬の姿だ。

「遅い!」いったん敵から距離を取った明日香が、戦闘空域に到達した俺たちをにらむ。隣には、黒い小型犬、明日香のワンコちゃんである黒曜丸――通称くろちゃんも浮かんでいる。 

「俺のアバターがまだなんだよ」

「あーそうだったんだ。ごめん」

「それで、状況は」

「はっきり言ってよくない。押されてる」明日香が槍を握りしめる。「昨日よりもパワーが上がってるわ。いつ爆散してもおかしくないわね」

「ここで爆散したら」

 俺の問いに、明日香は低い声で答えた。

「強力な負のエネルギーが振り撒かれて、そのあとどうなるか、正直言って分からないけど、かなり悲惨なことになるでしょうね。この下にはそういう方向に引っ張られやすい人がたくさんいるみたいだから」

「コアの破壊を優先する」俺が言った。

「ボクも、おじさんの意見に賛成」

「仕方ないわね」

 と、くろちゃんと明日香が同意する。

「まひる?」

 俺の問いかけに、まひるはただうつむくだけだ。

「まひる」

 重ねて言った俺に、まひるは唇をかみしめながら、うなずいた。

「よし」俺は明日香を見る。「じゃあ、まずはコアを露出させよう」

「まかせて」

 明日香が槍を構えようとしたとき、「待って」と、くろちゃんが言った。

「みんな、よけて!」

 くろちゃんの言葉に、みんなが一斉に反応し、その場から散開した。

 俺たちがいた空間に、光弾が撃ち込まれた。見ると、ゴムまりから二本の腕が生え、まひるが持っているスティックを握っている。

「あれって、まひるの」

 俺の言葉を、明日香が引き継ぐ。

「そうね。まひるちゃんの腕を取り込んで、ついでに能力も取り込んでるみたい。まずはあの腕からやっちゃおう。くろちゃん!」

「魔力オッケー、いつでもいけるよ」

 明日香は、いったん近くの高層ビルの屋上に着地して、槍を構えた。

「宝蔵院時影流奥義」明日香が叫ぶ。「旋華疾風斬・双!」

 一瞬でゴムまりの反対側の空間に達した明日香の背後で、二本の腕が切断、消滅する。「まひるちゃん!」

「はい!」

 続けてまひるが放った三発の光弾が敵に達する直前、ゴムまりは体の一部を変形させ、傘のような盾を形成、まひるの光弾は盾を消滅させたが、本体は無傷だ。

「やっかいだね」くろちゃんがつぶやく。「どんどん賢くなってる」

「もう一度、波状攻撃をかけるわ」

 明日香が再び屋上に戻る。

「待って」と、くろちゃん。「なんか変だ」

 ゴムまりは再び変形を始めた。自らの外側に球体を出現させ、網の目状に変化させた。本体が丸いカゴの中に入った状態となった。

「守りに特化しようってこと?」

 明日香の問いを、くろちゃんが否定する。

「いや、違う。これ、やばいかも」 

 外側を覆う網の継ぎ目が発光し始めている。

「お姉ちゃん、防御!」くろちゃんが叫ぶ。「ふたりとも、お姉ちゃんの後ろに!」

 俺とまひるが明日香の背後に回ったと同時に、明日香が槍を高速で回転させる。

 網の継ぎ目から、全方位に向けて、光弾が発射された。明日香の槍の回転が作る盾が光弾を弾き飛ばしていく。それ以外の光弾は、見えない壁にぶち当たったかのように輝き、消滅している。あれは、結界にぶち当たっているのか。

「これ、続くとキツイかも」

 ふう、と明日香が息をつく。

 光弾の射出を終えたゴムまりは、上空を移動し始めた。渋谷方面に向けて南下していく。

 突然、視界に『SOUND ONLY』の文字が浮かぶ。

「まずいわよ」BBの声。「さっきの全方位ミサイル、じゃなくて、全方位光弾が続いたら、結界がもたなくなる」

 やっぱり。

「どうすればいい」

「こちらでも対応を進めてるから、もう少し頑張って。力業では無理よ。融合している人とコアを切り離さないと、倒せないわ」

「切り離すって、どうやって」

「あとで、助っ人が行くから――ごめん、ちょっと、いったん切るわ。とにかく、足止めして」

 BBとの通信が途切れた。

「明日香」

「うん。とにかく、止めよう」明日香が、まひるを振り返る。「援護お願い、まひるちゃん」

「はい!」

 まひるが光弾を放つと同時に、明日香が距離を縮める。光弾を防ぐため、外側の網が高速回転を始める。光弾は弾き飛ばされたが、たぶんこれで奴は攻撃できない。

 ギン。

 明日香の槍が弾かれ、そのまま明日香は離脱する。だが、敵の移動は止まった。

「もう一回、いこう」

 明日香に、まひるが答える。

「はい!」

「奥義発動まであと五分!」くろちゃんの声が響く。

 さっきと同様、まひるの攻撃と同時に明日香が突撃、だが、敵はまひるの光弾を弾き飛ばしたあと、回転を停止した。

「お姉ちゃん!」

 ばっくりと、ボール状の網が割れて反転し、明日香を閉じ込めた。明日香は丸いカゴのなかに囚われた状態となってしまった。

「やばい」

 と、くろちゃんが動いたとき、網目の継ぎ目が発光し始める。あの状態で四方から光弾を撃たれたら。

「舐めるな! 宝蔵院時影流奥義、烈風突破槍!」

 槍を軸に、明日香の体が回転し、網目を突き破った。その直後、ボールの中心に向かって光弾が発射され、再びボールはゴムまり本体を取り囲むような状態に戻った。

 明日香は、そのままビルの屋上まで落下し、槍を支えに片膝をついた。くろちゃんも、明日香の近くに降り立つ。

「おい、くろ! どうなってるんだ」

「奥義発動に十分な魔力を供給されないまま、奥義を使っちゃったから、オーバーヒートを起こしたんだ。しばらくは動けないと思う」

「このっ」

 まひるの声が耳元に届く。

「おい、待て!」

 光弾を連射しながらまひるは、突進していく。

 ボール状の網の回転に光弾は弾き飛ばされるが、まひるはおかまいなしに、スティックを突き立てた。

 ぐぐぐっと、体を持っていかれながらも、網の回転は止まった。

 そのままの状態からさらに、光弾を連続して放つ。光弾はゴムまり本体を削っていくが、みるみるうちに回復していく。

 俺はまひるのもとへ飛ぶ。あいつ、さっきのBBの話を聞いてなかったのか。

 案の定、先ほどと同様、網が反転し、まひるを包み込もうとする。

 網が閉じきる前に、俺はまひるの襟を咥えて、離脱した。

「力押しだけじゃだめだって言ってただろ」

 ぐっ、とまひるが喉を詰まらせる。

「おじさん!」くろちゃんの声に、俺は反射的に身をひるがえし、後方から迫ってきた光弾をかわした。しかし、複数の光弾はとうとう結界を破り、数発が近くのビルに着弾した。大きな破片が落下していく。俺はまひるを屋上に放り投げると高速で破片を追い、路上の人にぶつかる寸前で体当たりした。

 破片は近くのビルの壁にぶち当たり、砕けた。幸い、誰も怪我はしていないようだが、体が痛い。犬の状態でも、普通に痛覚はあるんだ。

 数人に目撃されてしまったけど、仕方がない。被害が出るよりはいいだろう。と、歩道にしりもちをついている女性と目が合った。水原さんだった。

 水原さんは、驚いた表情を浮かべて、路上に立っている犬の俺を見ていた。

 そうだ。もしもこのまま結界が完全に破られてしまったら、物理的なダメージを地上の人たちに与えてしまうことになるんだ。俺は水原さんの視線を感じながら、飛び立った。

 屋上では、まひると明日香、くろちゃんが、そろっていた。

「みなさん、お待たせ」視界に、『SOUND ONLY』の文字が浮かび、BBとの通信が開く。「もうすぐ切り札が到着するわ。それと、取り込まれた人のパーソナルデータを取得したから、山田さんに送るわ。山田さん、どうするかは、あなたが判断して。以上よ」

 視界に、取り込まれた人の情報が表示されていく。

『坂本浩一、五十四歳。無職――』

 俺はその経歴を読み、暗澹たる気分になっていった。なるほど、この子たちの手には余る情報だ。そして、なぜこの人がクルーナーに取り込まれてしまったのか、分かった気がした。

「みんな、ちょっと聞きたいんだが」俺は、三人に向かって言った。「いいかな」

「いいけど」明日香が槍を引き抜く。「悠長に話している時間は、もうあんまりないわよ」

「分かってる」俺は言った。「あのさ、魔法って、戦うためだけにあるのか?」

「は?」明日香が、眉間にしわを寄せて俺を見た。「それ、どういうこと?」

「だから、魔法は、戦いに使うだけのものなのか、ってこと」

「今さら何を言って――」

 明日香の言葉は、突如響き渡った、少女の声に遮られた。

「おっさん、ええこと言うた!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る