039 雑巾用意しといたほうがいいわよ

 ひみかにもグループLINEで同じメッセージが行っている。俺はひみかとの通話に戻った。

「ちょうどよかったじゃない」と、ひみか。

「いや、よくない!」

「ふふふ。ご苦労さま。またかけ直して」

「分かった」

 俺はあかねに電話をかけた。あかねはすぐに出た。

「おい、あれ、どういうことだ」

「早っ。やる気満々やな」

「違う! そうじゃなくて、なんで場所が俺の家なんだ」

「だって、BBの応接室、そんな広くないやん。みんな入りきらへんと思うねん。まひるちゃんから聞いたら、山田さんち、マンションやけど結構広いらしいから。ナイスアイデアやろ」

「ナイスアイデアじゃない!」

「えー」

「実は俺もみんなに集まってもらって話したいことがあったんだよ」

「なんや、そうやったんか」

「次からはちゃんと了解を取ってからやれ」

「はい。分かりました」

「それで、いつやるんだ」

「それはこれから追い追い。おっさんは、あいかわらず予定なし?」

「うるさい」まあ、予定はないのだが。

「みんなの予定聞いて、また連絡するな。ほななー」

 というわけで事はあっという間に進み、オフ会は翌週の日曜日開催となった。

 参加者は、俺、まひる、あかね、明日香、美穂、クシー、くろちゃん、しんちゃん、誠くん、ひみか、そしてなぜかBB。ワンコちゃんたちは、犬の姿で参加だ。それにしてもこの人数の多さ。

「もしこれが小説だったら作者はさばききれないだろうな」

 と言う俺に、BBは笑った。

「ふふふ。なんかでも、楽しいじゃない、こういうの。クドカン脚本のドラマを見ている気持ちになるわね」

「なるほどね」

 すでに俺の家のリビングは、クドカン脚本のドラマによく出てくる、登場人物たちが一堂に集う空間と化している。俺たちの目の前には、広いローテーブルについた魔法少女たちと、そのワンコちゃんたち、そして、俺の両隣には、ひみかとBBが座っている。キッチンとリビングを開け放し、ローテーブルを二つくっつけて、全員が床に座って、食べられるようにしていた。

 まず最初に、まひるとクシーがやってきて、料理の準備や、部屋の片づけを手伝ってもらった。といっても、料理は基本デリバリーだし、片付けもそれまでにほとんど終わっている。今日はずっと人間の姿だから、少しでも慣れておいてもらおうと思ったのだ。あいかわらずまひるの態度は固かったが、クシーと一緒だからか、いつもと比べると、柔らかく見えた。

 次に、明日香とくろちゃんがやってきた。瞬間移動で、いきなりリビングに現れた。これ、慣れないとびっくりするな。明日香は靴を手に持ち、くろちゃんは空中に浮かんでいる。

「あかねは?」と、明日香は俺を見た。

「まだだけど」

「じゃあ、雑巾用意しといたほうがいいわよ」

 雑巾?

 と言ってるうちに、あかねがしんちゃんと一緒に現れた。

「し、しまったー」あかねが開口一番、叫んだ。「またやってもたー」

 あかねは靴を履いたまま、リビングに立っている。しんちゃんも床に立っていた。

 ね? という顔で俺を見て、明日香は自分の靴を玄関に置きに行っている。まひるは雑巾で床を拭いて、しんちゃんの足も拭いてやっている。

「まひるん、マジ、ごめん!」

「ま、まひるどの、あ、あざっす」

 あかねとしんちゃんがまひるに平謝りしている。っていうか、どの?

 それから美穂と誠くんが現れ――きちんと靴は持って出現した――、最後にひみかとBBが玄関から普通に登場した。

 まずはみんなでお昼ごはんである。到着したピザやフライドチキンといったファストフードは、主に魔法少女とワンコちゃんたち向けだ。大人組は、俺が作った料理と、ひみかが持参した料理をあてに、ビールで乾杯である。

「へえ」と、ひみかが俺の作った料理を口にして、言った。「けっこうやるわね」

「ええ。おいしいわ」とBBもうなずく。「全部山田さんが作ったの?」

「ああ。独りになって長いから、仕方なくというのもあるけど」

「でも、やらない人はやらないわよ」とひみか。「それに、もともと料理のセンスがあるんだと思う」

「ひみかちゃんに褒められたら、本物ね」

「じゃあ、素直に受け取っておく。ありがとう」

 俺がひみかとBBのグラスにビールを注いでいると、それまであかねたちと話していた美穂がいきなり立ち上がった。

「わし、やっぱり、クシーとは、連携することなんてでけん!」

 そういって、美穂は顔をそらした。

「みぽりん」あかねも立ち上がる。「どういうことか、ちゃんと説明しぃ」

「わし」美穂は声を震わせている。「わし、黒人の人、怖いし、嫌なんじゃ」

 想定していなかった出来事に、俺は固まってしまった。

 クシーが立ち上がって、美穂を見た。

「あなたは、レイシスト?」

 いきなり直球だな、クシー。

「レ、レイシストってなんか?」と、美穂はあかねに尋ねた。

「レイシストっていうんは、人種差別主義者のことや」と、あかね。「特定の人種を見下したり劣っていると考えて差別する人のことや」

「ち、ちがう」美穂は首を振った。「わしは、そんげもんじゃねえ」

「じゃあ、どういうことや」とあかね。

「わし、前に、いとこんお兄ちゃんとお姉ちゃんと出かけたことがあったっちゃ。そんとき、黒人の男ん人ふたりが、お姉ちゃんを無理やりどっかへ連れて行こうとしたっちゃ。お兄ちゃんな、くらわされて怪我をした。たまたま近くにいた大人の人がお巡りさんを呼んで、助けてくれて、大事にはならんかったんやけど。そんときから、わし、黒人の人が怖ぁなったっちゃ」

「それは人種は関係ないやろ」あかねが腕を組んだ。

「分かっちょる。そんげこつくらい分かっちょるけんど、自分にはどうしようもでけんのちゃ」

「もしも」クシーが言った。「あなたが、主義主張として私の属する民族を差別しようとするのでなければ、私は個人としてあなたと分かり合えると思っています」

 美穂は、クシーを見た。

「私は、あなたの隣人になりたいんです」クシーは言った。

 美穂は、おずおずと、あかねを見た。あかねは腕を組んだままうなずいた。

「ちょっと頑張ってみいや、美穂」と、あかねは言った。「そのスケバンスタイルは、伊達やないんやろ」

「そ、そうやった」美穂は自分を見下ろした。「わしゃ正義のスケバンなんやった」

 美穂は、再びクシーを見た。

「きゅ、急には無理かもしれんけど、ちびっとずつなら考えてみてんいいちゃ」

「私はそれで構わない」クシーは右手を差し出した。「改めて、私はクシーよ。よろしく、美穂」

 美穂はちょこっとクシーの右手の先を握った。

「桐ヶ崎美穂です。よろしゅう」

 ほとんど表情は変わっていないのに、クシーからは、とても満ち足りたような感覚が伝わってきた。

 俺は、そんなクシーの横顔を見て、なんとも言えない気分になった。たぶん、隣のひみかも同じなのだろう。唇をぎゅっとかみしめている。

 ひみかは俺を見た。俺はひみかにうなずき返した。

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