038 君、瞬間移動できないだろ
次の日、俺はまたクシーの家に瞬間移動した。みんなすでに起きていて、それぞれ朝の日課のようなものをやっている。クシーは発声練習なのだろう、お腹に手を当てて直立不動の姿勢で「ア~」と声を出している。明日香は座禅をして、目を閉じている。精神修養か。あかねは、木刀で素振りをやっている。そんなものまで持ってきてるんだな。まひるは、机の上で、ノートに何かを書き込んでいる。
「何やってんの」と、俺が見上げると、「や、山田さんには関係ありません」と、つれない返事だ。
「宿題」あかねが素振りの合間に言う。「今日の宿題まだやってなかったんやって」
「アバターは?」と、俺。
「だめなんです」と、まひるは泣きそうな声を出した。「こういうことは、自分でやらないと、アバターの行動に反映されないんです」
世の中そんなに甘くはないということか。
「自業自得やな」と、あかねは結構厳しい。
「でも、あかねも明日香も、あんまり真面目に学校行ってないっぽいぞ」
「お二人はああ見えて、無茶苦茶成績いいんです」とまひる。
「そうなんだ」
「まあ、それなりに」
と言うあかねの方へ俺はふわふわと漂っていく。
「ちょっと手伝ってやったら?」
「あかんあかん」あかねは素振りを続ける。「こういうことは自分でやらな意味ないんや」
正論だな。
「正論だけど、ちょっとくらいいいだろ」
「あかん!」
「ア~」
「わ、わたし、大丈夫ですから!」
「ア~ア~ア~」
「だー! もー! うるさい!」明日香がキレた。「ちっとも集中できないじゃない。手伝ってあげるから、ほら、見せて」
と、明日香がまひるの隣に座る。
「ううう。ごめんなさい」
「なにこれ。こんなのすぐ終わるじゃない。貸して」
どうやらこちらは問題ないみたいだな。
「ほんま、明日香は甘いんやから」と、素振りをしながらずっと横目で様子を見ていたあかねが、素振りを終えて言った。
「試練は人を成長させます」いつの間にか、クシーがあかねのそばに立っている。「でも、助け合うことも大事」
「せやな」と、あかねは、クシーにうなずいた。
まひるの宿題は無事終わり、俺の変態解除も無事終わった。
「お、おはようございます」と、人間の姿に戻った俺に、なぜかまひるは改めてあいさつした。そして、あいかわらず、固い。
俺はこのまま直接会社に行くことにした。昨日と同じ格好だけど、今から帰って着替えるのも面倒だ。鞄は会社に置いたままだし。まひるもクシーと一緒にこのまま学校に行くらしい。途中まで同じ道なので、俺たちは一緒に出ることになった。
「行ってらっしゃーい」と、あかねと明日香に見送られて俺とまひるとクシーは家を出た。
「あいつら、まさかずっと居座るつもりじゃないだろうな」
と言う俺に、まひるは答えた。
「今日のお昼に帰るって言ってました。何か大事な計画の相談があるって」
「ふうん」
まひるはクシーと今日の授業の内容を話している。心なしか、クシーの表情が初めて会った時よりも和らいでいる気がする。なんにせよ、彼女たちが仲良くなれてよかった。
俺は今晩ひみかに連絡しなければ、と思った。
二人とは途中で別れ、俺は電車で会社に向かった。
水原さんはたぶん俺が昨日と同じスーツとネクタイをしていることに気付いているだろうけど、特に何も突っ込みはなく、ってまあ当たり前か、例によって仕事に埋没していき、あっという間に就業時間を過ぎた。俺は、会社を抜け出して、イートインコーナーのあるコンビニに入り、席についた。コーヒーを飲みながら、ひみかにショートメールで連絡したあと、電話をかけた。
「実は昨日戦闘があって」と、言いながら、俺は左右を見た。幸い誰も近くにいない。よく考えたら、あぶないことを口走っているということに気がついたのだった。
「知ってる」とひみか。「BBから聞いたわ。なんか、派手にビルをぶっ壊したって」
思わずひみかの電話口の状況を心配してしまった。向こうも、たいがいなことを口走ってるよな。
「不可抗力だ。クルーナーにやられた」
「それはそうでしょうけど。じゃあ、かなり強かったってことね」
「ああ。でも、それ以上にクシーの能力がすごかった」
「限定解除は?」
「第一段階まで」
「そう」
「それと、昨日はクシーの家であの子たち、たこ焼きパーティーをやってた」
「あら。山田さんも?」
「まあ」
「なにそれ。うらやましい」
「そのときまだワンコちゃんだったから、無理やり連れていかれたんだよ」
「ちょっと、私も呼んでよ」
「君、瞬間移動できないだろ」
「クシーの家なら、私んちからバイクで三十分ほどよ。今度は呼んでね」
「分かった」
「絶対よ」
「はいはい。ところでさ。クシーのことなんだけど」
「うん」
「やっぱり、あの子たちに言うべきだと思うんだ」
「あの子たち、仲良くなったのね」
「ああ。クシーはこう言った。友だちができましたって」
わずかな沈黙のあと、ひみかは言った。「分かったわ」
「それで、相談なんだけど――」
と言いかけた俺のスマートフォンに、ぴろろん、とLINEメッセージのお知らせが届いた。魔法少女の誰かからだ。
「ちょっと待って」とひみかに言って、俺はメッセージを確認した。
そこにはこう書かれていた。
あかね『第二回オフ会実施決定!』
『場所は山田雄作さん宅!』
『詳細は追ってお知らせします!』
『以上!』
『らりるれろ~!』
(スーパースリーの三人が手招きしているスタンプ)
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