040 魔法少女は魔法少女を決して見捨てない

 美穂とクシーとのやりとりのあとは、またみんな普通の食事と会話が戻ってきた。美穂のワンコちゃんの誠くんはてこてことクシーのところまで行き、「先ほどは姉が失礼なことを」と言っている。クシーは首を振り、誠くんと握手をしている。まあ、お手をしているようにしか見えないのだが。

 そろそろみんなに声をかけようと思ったとき、あかねが言った。

「BB。実は、折り入って話があるねん」

 BBがグラスをテーブルに置いた。

「これはうちと、明日香、まひる、くろちゃん、しんちゃん、五人の総意やと思ってほしい」

 BBがうなずく。「聞きましょう」

「クシーの寿命を延ばしてほしい」

 三人の魔法少女は、ひた、とBBを見据えている。

「お前たち、どうしてそれを」と、思わず俺は言った。

「クシー本人からよ」と、明日香。

 確かに俺は、クシーが自分のことを彼女たちに打ち明けることを禁じられているとは、一言も聞いていない。ただ、彼女が自分から、自分自身のことを話すとは思っていなかった。でもそれは、俺の、いや、俺とひみかの勝手な思い込みに過ぎなかった。

「それについて、クシーの意見は?」

「それは――」あかねが口ごもる。

「私は」クシーが口を開いた。「私の状況について、不満は感じていない」

 あかねは唇をかんで、下を向いた。そんな表情のあかねを見るのは初めてだった。

 クシーは続けた。

「私は、私という存在がこうやって今ここにあること、そのことにとても満足しているし、感謝している。それは寿命の長さの問題じゃない。それが一年でも、五年でも、十年でも、関係ない。それに、私が存在することで、これから先、たくさんの人の役に立つことができる。これ以上、何も望むものはない」

 そうだった。クシーが報告書の中で語っていたように、彼女は完全に、自分の存在を受け入れていた。自分の役割と存在理由を。だから、彼女にとってそれは、隠すべきことでも、嘆くべきことでも、悲しむべきことでも、恨むべきことでもなかったのだ。だから、あかねたちに、あっさりと真実を話したのだ。それはクシーにとってなんら特別のことではなかったのだ。

 BBは静かな微笑みをたたえたまま、クシーからあかねに視線を移した。

「クシーがどう思っていても」明日香が口を開いた。「私たちは納得ができない。クシーが生み出されてしまった以上、もうどうすることもできない。だからせめて、クシーの寿命が少しでも延びるように、研究を進めて。たとえクシーがアバターを基にした、私たちとは違う存在であっても、彼女は魔法少女に変わりはない。魔法少女は魔法少女を決して見捨てないわ。私たちは、自分たちの代わりに誰かに戦ってほしいと思ったことなんて一度もない。たぶん、今戦っている、世界中の魔法少女たちは、すべて同じことを言うと思う」

「わ、わたし」まひるが、テーブルに向かってしゃべりだした。「わたし、いやです。わたし、クシーには、クシーとは、ずっと一緒にいてほしい。と、友だちだから、それは当たり前のことです。わたしほんとは、クシーのコピーたちが戦うこともいやです。う、うまく説明できないんですけど、だって、だってそんなの、かわいそうじゃないですか」

「まあ、そこはたぶん難しいかもしれんけど」あかねが言った。「とにかく、クシーがどう言おうと、クシーの寿命は伸ばしてほしい」

「じ、自分も同じ気持ちです。自分たちは契約が終わったら、もう記憶はなくなってしまいますけど、でも、自分からもお願いします」

「ボク、難しいことは分かんないけど、お姉ちゃんたちのこと、好きなんだ。すげえって思うよ。クシーも。だから、ボクからもお願い。クシーの寿命を延ばして」

 しんちゃんとくろちゃんが言った。

 BBがみんなを見渡した。

「私の使命は、まず第一に、人の世界を脅かすクルーナーを排除すること。これがどんなことに対しても最優先で守らなければならないことよ。次に、それを行う魔法少女たち、元魔法少女を含めて、彼女たちの安全を確保すること。今回の計画はそのふたつを確実に達成させるための有効な手段の一つとして進められてきた。じつは、クシーがどの程度まで人に近い形で成立するのか、分からない部分があった。でも、クシーは人間とほとんど変わらない存在と言っていいことが証明されている。つまり、明日香ちゃんが言ったように、クシーは魔法少女よ。私たちは魔法少女の安全を確保しなければならない。クシーの寿命を延ばす研究は当初から進められているし、クシーの存在が確立された今、それは最優先で行われている。今はまだ成果は出ていないけど。すでにひとつ、クシーの寿命にかかわる研究で、データを取りたい事案が出てる。来月クシーはそのために、アメリカに戻る予定よ。数日間程度だけど」

「聞いている」と、クシー。

「これが、今現在、私が伝えられるすべてよ」BBはそう言って、両手を広げた。

「その研究の進み具合は教えてもらえるの」と、明日香。

「進展があったら伝えるようにします」と、BB。「あなたたちが魔法少女ではなくなっても、必ず伝えるわ」

「わかった」明日香がうなずいた。

「それと、おかあ――じゃなくて、北大路さん」あかねが言った。「元魔法少女の人たちに、今回のクシーのこと、伝えてほしい。あと、できればほかの国の魔法少女と、元魔法少女たちにも。みんなこのことについてどう思うのか、知りたい。お願いします」

 あかねが深々と頭を下げた。

「分かった」ひみかが言った。「やってみるわ」

「あ、あの~」

 美穂が恐る恐る、手を挙げて言った。

「わし、さっきから、みんな、なにん話をしよるんか、ひとっつんわからんかったんやけど」

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