第二章

019 とても興味深いわ

 俺の目の前に、彼女の顔が迫った。

 彼女のくちびるが、ゆっくりと開いていく。

 半開きのくちびるから、舌が覗く。

 彼女の吐息を感じる。

 舌が俺の方に差し出されていく。

 そして、彼女の舌は、俺の鼻先をぺろり、と舐めた。

 まあ、俺は犬の状態なので、特に嬉しくも何ともないのだが。

 とはいえ、美しい女性をこんなにも間近にすると、落ち着かないのは事実だ。

 しかしなにより、まひるの鋭い視線が刺さって、痛い。

 なぜそんなことになっているかというと、それは三十分ほど前にさかのぼる。

 クルーナーとの戦闘を終え、俺のマンションの前まで瞬間移動したまひると俺の前に現れた、大型バイクに乗った女性――黒革のライダーススーツを身にまとった彼女が言った。

「ねえ、山田さん。あなたを味見してもいいかしら」

 反射的に、まひるが俺を隠すようにして背を向ける。

「あらあら」彼女が言った。「つれないわね」

「だ、誰ですか」まひるが肩越しに振り向く。「あなたは」

「まあ、関係者だろうな」と俺は声を出した。

「や、山田さん」

 と、驚くまひるに、俺は言った。

「俺たちのことを知ってるんだ、じたばたしても仕方ないだろ」

「ふうん」彼女はにやりと笑った。「なかなか物分かりがいいわね」

「でも一応確認はさせてもらう」俺はBBとの回線を開いた。「BB、今、いいか」

「どうしたの」BBはすぐに反応した。

「今目の前に、リアル峰不二子がいるんだが、知り合いか」

「ああ。彼女のことならよく知ってるわ」

「信用していいんだな」

「大丈夫」

「わかった。また連絡する」

 俺はまひるの肩越しに、言った。

「それで、俺の味見をしたいそうだが、どうすればいい」

 彼女は、まひるにヘルメットを手渡した。

「後ろに乗って。山田さんは、あなたのリュックに入れて」

 まひるが心配そうに俺を見た。俺が「ま、大丈夫だろ」と言うと、まひるはリュックに俺を入れて、バイクの後ろにまたがった。

 バイクは低いエンジン音を響かせてスタートした。俺は少し開けられたリュックの口から外を見ていた。走ること約十分、住宅街を抜けて繁華街も通り抜け、街のはずれにあるこぢんまりとした料理店の前に停まった。

 店の中はまだ開店前らしく、カウンターで仕込みをしている店員がいるだけだった。彼女は店員に「奥借りるわ」と告げて、店内を進んでいく。

 店の奥はパーテーションで囲まれていて、ほかの席からは見えなくなっている。彼女はテーブルをはさんで置かれている、背の高い椅子の手前側に座った。

 まひるは奥の椅子にリュックを置き、その傍に座った。

「山田さん」彼女にこりと微笑みながら、テーブルの上を手のひらでとんとんと叩いた。「もう少し近くにいらっしゃいな」

 俺はリュックからテーブルの上に飛び乗った。

 そして、彼女はいきなり俺の鼻の頭をぺろり、と舐めたのだった。

「ひゃっ」と、まひるは変な声を出して、飛びあがった。そして、さっと手を伸ばして、俺をつかむと、自分の体で隠すようにして傍に置いた。「何するんですかっ」

 女性はまひるの言葉には反応せず、口元に手を当てて、何かを考えこむように黙り込んでいた。

「それで」俺は尋ねた。「味見をして、どうだった」

「そうね」彼女は口を開いた。「とても興味深いわ。ちょっと一口では言えないわね」

「一口で言われたくはないけどな。ところで、そろそろ正体を明かしてくれてもいいんじゃないか」

「ええ」彼女はすっと居住まいを正した。「名乗るのが遅くなってごめんなさい。北大路ひみかです」

「え」と、まひるがつぶやいた。「あなたが、ひみかさん?」

「そうよ。あなたの先輩、元魔法少女です。それともうひとつ、ワンコちゃんと直接契約を結んだ先輩でもあるわね」

「そ、そうですか」

 なんか、まひるの態度からとげとげしさが無くなった気がする。どうやら彼女の名前は知っていたみたいだ。

「できるだけ先入観を持ちたくなかったの。強引に事を進めて申し訳なかったわ。でも、やってみてよかった。山田さん」北大路ひみかが身を乗り出した。「あなたの力を貸してほしい」

「説明してもらえるか」

「魔法少女は十五歳までしか続けられないのは知ってるわよね」

「ああ」俺はうなずいた。「知ってる」

「私は、魔法少女と元魔法少女を支援する活動をしているの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る