018 味見してもいいかしら
しばらくして、ようやくまひるが落ち着き、俺たちは近くのビルの屋上に降下した。
まひるは、全力で泣いたおかげで、息をするたび、喉をひゅーひゅーと鳴らしている。
どんだけ泣いたんだ、お前は。
「しかし今回はヤバかったな」あかねが、大型犬のしんちゃんの背中にひょい、と飛び乗った。
「そうね」明日香がうなずく。
「すまなかった、みんな」俺はまだ、まひるに抱かれたままだ。「迷惑かけた」
「いやほんま」あかねは、足をぶらぶらさせている。「おっさんは分からんかったやろうけど、おっさんがコアと一体化してからのあのクルーナー、むっちゃヤバかったで。あんなヤバいの、名古屋防衛線以来やで」
「それ以上かも。ものすごいパワーだったわ」明日香があかねを見上げる。「超巨大化するし、形状も複雑化して、要塞みたいだった」
「そうか」と、俺。「そんなことになってたのか」
「うん」明日香の隣をふわふわと漂っているくろちゃんが言った。「おじさんが、コアを無力化した瞬間に、初期状態に戻ったけどね。だから倒せたんだけど」
「そ、そそそうです」しんちゃんがうなずく。「山田さんは謝ることないです」
「まあでも、あれやな」あかねが腕を組む。「最終的には、まひるのおかげやな」
「え」と、まひるは戸惑っている。
「ええもん見せてもろたわ」あかねが、なぜか合掌している。「ごっそうさん」
「そうねぇ」明日香がにやにやしている。「これはもう、責任取ってもらわないといけないレベルなんじゃない?」
「え。え」かすれた声を出しながら、まひるは動揺している。
「ねえねえ、お姉ちゃーん」くろちゃんが明日香に言った。「ボクもぺろぺろしていい?」
スパン、と明日香はくろちゃんの頭をはたき、「ふぎゃ」と、くろちゃんは降下していく。
「あ、あああの」しんちゃんも背中のあかねに言った。「じ、じぶんも、ぺ、ぺろぺろを、お、お願いしたく」
「あああん?」あかねがしんちゃんの脇腹に蹴りを入れる。「しばくぞ、コラ」
「す、すみません」しんちゃんがうめく。「しばくぞ、いただきました! あざす!」
なんか君たち、特殊な世界に入ってないか。まあいいけど。
「BB」俺の呼びかけに、『SOUND ONLY』の表示が浮かぶ。
「今からどうすればいい」俺は念のため、BBに確認しておく。「人的な被害は出てないと思うけど、建物が一部破損してしまったぞ」
「それは、こちらで対処するわ。みんな今日はもう解散して大丈夫よ。お疲れ様」
「分かった」
俺はBBに返事をして、みんなを見た。
「じゃあ、帰るとするか」
それぞれが、それぞれの場所に帰っていき、俺とまひるも今回は魔力を使った瞬間移動で、俺たちの町に戻ることにした。とは言え、どこにでも移動できるということではないらしく、自分の住居数十メートルの範囲内のみ、ということだった。とりあえず、俺たちは俺のマンションの前に移動することにした。
事前に映像で周囲に人がいないことを確認し、俺たちは俺のマンションの前の道路に降り立った。
「どうする」俺を抱きかかえているまひるを見上げた。「変態解除ができるのは夜中だけど――」
と、俺の言葉は、背後から鳴り響いてくるドドドドドという重低音に遮られた。
振り返ると、大型のバイクが俺たちの前で停車した。
バイクのドライバーは、峰不二子――というか、『あの胸にもういちど』のマリアンヌ・フェイスフル以外の何者でもない、体にぴったりと張り付く黒い革のライダーススーツを着た人物だった。
そのドライバーがフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、ウェーブのかかった茶色い髪を振りながら、こちらを見た。
三十代半ばくらいか。マリアンヌ・フェイスフルも顔負けの美人だった。
まひるの知りあいか? と見上げると、俺の意図を察したまひるは、小さく首を振った。どうやらまひるの知り合いでもないらしい。
ん? この人、どこかで見た気がするな。というか、誰かに似てる気が。
と思っていたら、マリアンヌ(仮)は言った。
「安藤まひるさんね」
まひるは、「はい」と答えた。
「それと、そのワンちゃん」マリアンヌ(仮)は、俺を指さした。「山田雄作さん、よね」
俺を抱いているまひるの腕に、きゅっと力が入った。
「ねえ、山田さん。あなたを味見してもいいかしら」
そう言って、マリアンヌ(仮)は、じゅるり、と舌なめずりをした。
第二章へつづく
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