015 いや、ほんま焦ったわ

 みんなが一斉に振り返ると、そこに、見知らぬ少女が立っていた。背後には大きな白い犬を従えている。少女は、たぶん百五十センチあるかないか、という身長なので、犬がやたらと大きく見える。真っ白い毛に覆われていて、なんか優しい感じの犬だ。っていうか、ジョリィ?

「あかねちゃん!」明日香が、少女に駆け寄る。

 まひるがぺこり、とおじぎをし、少女は手を振ってそれに応えた。

「いや、ほんま焦ったわ。ツイッター見てたらいきなり、ってそんな場合やないな」

 あかねと呼ばれた少女は、腰の刀に手を置いて、俺の方を向いた。制服の上からベルトを巻いて、日本刀を帯刀している。

「でも、一応自己紹介しとくな。聖柄あかね、十五歳や。こっちは、信貴」あかねは後ろの犬を振り返った。「信貴山……って言っても分からんか、信じるの信に、貴族の貴で『しぎ』、通称しんちゃんや。仲良うしたってや」

「じ、じぶん、信貴です」白い大きな犬が口を開いた。「な、なかみは、引きこもりのニートです、よ、よろしくお願いします」

 いや、そんなことまで聞いてないけどな。こちらも名乗ろうと口を開きかけた俺を、あかねは制した。

「BBからだいたいのことは聞いてる。それより」あかねは左手で抱えていたバレーボールくらいの大きさの青い球を差し出した。「これ、なんか分かる?」

「え、それ、まさか」

「コア、ですか?」

 明日香とまひるが驚きの声を上げる。

「そうや」あかねがうなずく。「大昔の戦闘で、クルーナーから回収したもんや。これに、あの取り込まれた人に関係する出来事を、魔法で封じ込めた」

 あかねは、空中に浮かんでいる俺を、ひた、と見据えた。

「あの人の人生でよかったとき、楽しかったとき、充実してたときの記憶を呼び起こす、事象の断片や。写真とか、関係者の記憶とか。さすがに本人の記憶はゲットできひんかったけど。これ、むっちゃ大変やってんからな。こんなふうに魔力使ったの初めてやし」

「これを、どうする」と、俺。

「クルーナーのコアをこいつに切り替える」

 そうか。

「分かった」俺はうなずいた。「やろう」

「え」明日香が戸惑っている。「それって、どういうこと」

「まあ、追い追い説明したる。それにしても、おっさん」あかねがにやりと笑った。「さすが、まひると直接契約したワンコちゃんだけのことはあるな」

 それはどうも。俺は肩をすくめたが、犬なので分かりにくかったかもしれない。それでも、あかねは俺にうなずき、みんなを見渡した。腰までの黒髪が揺れる。

「ほな、いくで!」

 俺たちはいっせいに屋上から飛び立ち、クルーナーを追った。

「奴の特性上、どんな形であれ、コアを取り込もうとするはずや」

 さすがにコアを口にくわえることはできなかったので、俺はコアを抱えるようにして、飛行していた。ちょこんとボールの上に乗っかっているみたいで、正直あまり格好よくはなかったが、しかたがない。

 クルーナーは、まひるたちに対して光弾の攻撃を仕掛けてきたが、あかねの言う通り、俺に対しての攻撃はなかった。俺が接近していくと、網がほどけて入口ができた。本体のゴムまりもすり鉢状に変形していく。

「山田さん」心配そうなまひるの声が届く。

「大丈夫だ。絶対に戻ってくる」

「はい」という、まひるの言葉を耳に残し、俺はクルーナーに取り込まれた。

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