048 あなたの目的は何?
「あのさ」くろちゃんが言った。「狙いがクシー姉ちゃんなら、クシー姉ちゃんだけ、いったん退却させちゃダメなの?」
はた、とみんなが顔を見合わせた。
ほんと、この子はいつも冷静だな。
「ええこと言うた!」と、あかね。「じゃあ――」
「そんなことさせるわけないでしょ?」というクルーナーの声と同時に、攻撃がきた。
だよな。
カキン! という音とともに、みんなの体が半透明の立方体に捕らわれた。
「制限解除」俺の言葉に、『承認』の文字が浮かぶ。
と同時に、俺たちの体が、すとん、と立方体の中に落っこちた。
「魔力が」と、俺を抱えながらまひるが言った。
「ま、魔力の供給が、切れてるっす」と、しんちゃん。
立方体の中でみんなが尻もちをついているなか、クシーだけが立方体の中に浮かんでいる。
「第二段階限定解除」クシーが言った。「メリスマ!」
スーッと四方から巨大な半透明の壁が俺たちに向かって近づいてくる。どうやらクルーナーを中心として、大きな立方体が形成され、それが中心に向けて縮んでいっているようだ。壁が俺たちを通過したとき、俺たちを捕えていた立方体が消失した。すぐさま、魔力供給が復活する。
立方体はクルーナーの周囲数メートルの範囲で動きを止めた。その立方体はクルーナーを完全に閉じ込めてしまった。立場が逆転した。
「あれ、クシーが?」と、明日香。
「ああ」俺はまひるの腕から抜け出して、空中を漂いだした。「あらゆる力を封じ込める空間を形成、あの空間を圧縮することで、中にいる生命体を消滅させることもできる」
「さっき私たちを封じ込めてたのも」
「同じだ。クシーの威力の方が大きかったから、敵の力を反転させて消滅させたんだ」
「さすが」立方体の中のクルーナーは言った。「アバターとはいえ、意識を保持していたものの力ね」
「あなたの目的は何?」クシーがクルーナーに言った。
「もちろん、あなたをコアとして取り込むことよ」
「私がそんなことをするはずがないと、分かっているのに?」
「力ずくで、そうさせるまでよ」
「確かに、あなたの潜在能力は、これまでのクルーナーとはけた違いだ。でもそれはあくまでも潜在能力として。BBが警戒したのはそういうこと。でも、それは私がコアとして取り込まれたときに初めて成立する力だ。ならば、なぜ? あなたの目的は何?」
クルーナーがにやりと笑った。「あなたの手元には、あの聖書があるのでしょう?」
クシーの表情がほんのわずかに曇った。
クルーナーが続けた。「あれは私が――ジェニファー・ウォーカーが持っていた聖書よ。私は――私たちはあれをいつも肌身離さず持っていた。今のあなたもそうでしょう」
クシーは無言だ。
「そのはずよね。だって、記憶を失っているとはいえ、あなたの基となっているのは、ジェニファー・ウォーカーの精神そのものなんだから。それに比べて、遺体から再生された私の形質は不安定だけど、ジェニファー・ウォーカーの記憶は持っている。そう。私たちの手元には常に聖書があった。私たちは、あの、善きサマリア人の例えを繰り返し何度も読んだわ。私たちは、善きサマリア人になろうと思っていた。でも、私たちはあの旅人でもあった。あなたにもそれは分かっているはず。特に、私たちのような肌の色を持つ人間は、嫌というほどそれを思い知らされている。あなたもそういう経験をしているはずよ」
「だけんど」美穂が言った。「だけんど、お前らんやっちょることは、間違うちょる」
美穂はいつの間にか、クシーの側に並んでいる。
「やかぃといって、なあん関係もねえ人たちまで傷つくるなんて、許されんちゃ」
クシーはほんのかすかに目を見開いて、美穂を見た。
「関係ない人なんて、いないのよ、お嬢ちゃん」クルーナーが言った。「仮に、私たちに対する差別がなくなったとしても、今度は別の何かが差別の対象になる。そのときはおそらく、私たちが差別する側に回るでしょうね。あの、エルサレムからエリコへと行く途中、強盗にあい、着物をはぎ取られ、傷を負った、あの旅人は、常にいる。虐げられるものは常にいる。理由もなく、強盗にあい、着物をはぎ取られ、傷を負わされるものは常にいる。そして、誰もがそれを行う可能性を持っている。誰もが強盗になる可能性を持っている。さあ、滅ぼされるべきものは誰?」
クルーナーは、立方体の中で両手を広げた。
「こちらにきて、クシー」クルーナーが告げた。「今こそ、本当のことを教えてあげる」
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