047 私には充分

 俺とまひるが同時にクシーを見た。

「ねえ」と、クルーナーはクシーに語りかけた。「あなたのその体。たぶん、長くはもたないでしょう。もしも、私とひとつになったら、あなたは本当のあなたになれるのよ。あなたと私で。私たちで。だからいらっしゃい。私のコアになるの」

 クルーナーが差し伸べた手を、クシーは冷たい目で見つめている。

「私は、あなたのコアにはならない。そして、私はあなとと一緒にはならない」

「なぜ? あなた、あと何年かしたら、死んじゃうのよ。でも、私と一緒になれば、人間の感覚では永遠に近い年月を生きることができるのよ」

 クシーは無言だ。

「私には分かる」クルーナーは続けた。「あなたは、その体で目覚めてから今日まで、あなたなりの成長を続けてきた。あなたは知ったはずよ。他人とのつながりの大切さ。そこにいる人たちとの関係。あなたたちが絆と呼ぶ、あいまいで都合のいいもの。その大切さをあなたは感じているはず。でも、あなたがいなくなってしまったら、それも消えてしまうのよ。それでもいいの?」

「構わない」クシーは即答した。「長く生きることは重要ではない。私には、まひるたちと関係を築けたという事実が重要。それが十年続こうが百年続こうが、関係ない。それがたとえ一年でも、いい。私には充分だ」

「そう」クルーナーは右手を上げた。「残念ね」

 クシーが俺に振り向いた。「山田さん」

「制限解除だ」俺はすかさず言った。表示に『承認』の文字。

「第一段階限定解除」クシーが言った。「ハラー!」

 クルーナーの背後の空間に無数のスピーカーコーンが出現するのとほぼ同時に、クシーの背後にもスピーカーコーンの集合体が発生した。

「「アア!」」

 クルーナーとクシーが同時に声を放つ。

 ドン! と、衝撃を伴う大きな音。それに少し遅れて、パシン、と何かが弾ける音が耳に届いた。

「なんだ、何が起こった」

 クシーがちらりと振り向く。「敵の攻撃は相殺されました。でも、結界が消滅しました」

「BB!」と、俺。

「今構築中」と、BBの通信。「だけど、時間がかかるわ」

 幸い、地上への攻撃の気配は今のところない。

「分かった。何とか――」

 突然、俺とまひるの周囲に複数のスピーカーコーンが現れた。 

 すっ、とクルーナーが息を吸い込む音が、上下左右の空間から聞こえた。

 まずい。

 と思った瞬間、まひるが俺をがばっと抱きしめた。

「おまっ」俺の言葉はまひるの胸に押しつぶされた。

 ズン! という音とともに、まるで内臓が振動しているような感覚。

 顔を上げると、まひるは無事みたいだ。

 俺たちの周囲を格子状の球体が囲っている。

 サッカーボールの縫い目のような格子の間を薄いピンク色の膜が覆っている。格子の交点には小さな丸い物体が光っている。クルーナーの攻撃は、すんでのところで、この球体に守られたようだ。

「美穂ちゃん!」と、まひるが叫ぶ。

 格子の交点から、丸い物体――美穂のおはじきが弾け飛び、スピーカーコーンを次々と破壊していく。

 下方から、俺たちのそばの空間に、美穂と誠くんが上がってきた。

「まこち、クシーにそっくりやわ」と、美穂。「わわわ、待てて、お前ら」

 美穂のおはじきたちが、クシーの周りの空間をくるくると取り巻いている。

「クシーをコアだと認識してるんだわ」と、同じく上がってきた明日香。そばにくろちゃんもいる。

 美穂はおはじきたちを自分の手の中に呼び戻した。

 最後に、あかねとしんちゃんが到着。

「状況はBBから聞いた」と、あかね。「それで、どうするん」

 みんなが、俺を抱きかかえているまひるを見た。

「もちろん」まひるは言った。「クシーは渡さない」

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