045 高度一万メートルです
水曜日、たまたま客先から直帰になったので、俺はひみかを飲みに誘った。先日の日曜日、ケイさんのことをひみかに伝え、ひみかはさっそくケイさんに連絡を取ったようで、ひみかからお礼の電話がかかってきた。どうやら、ここ数十年の元魔法少女のリストアップができそうなので、ネットワークの構築が一気に進みそうだということだった。
じゃあ、ということで、これからのことを相談することにした。待ち合わせはこのまえまひるたちと行ったショッピングモールだった。
到着すると、すでにひみかと、なぜかまひるとクシーがいた。
「ちょっとお茶してから行かない?」と、ひみか。
もちろん、俺に異論はなかった。
モールの中のケーキ屋さんに行こう、ということで、俺たちはモールの中を歩いた。ふと、クシーがとあるお店に目を止めた。そこは、前にクシーがじっと見ていた黄色いスーツケースが置かれていた店だった。お店にはもう、その黄色いスーツケースはない。クシーの歩みが遅くなり、お店のどこにもあのスーツケースがないことを認めると、再びクシーの歩みは元に戻った。それをまひるがじっと見ていた。
あの黄色いスーツケースは、今、俺の家にある。まひるたちと相談の結果、クシーへのプレゼントはあの黄色いスーツケースに決まった。予算をかなりオーバーするが、俺が補填した。
お店から視線を戻し、歩いてるクシーの表情は、普段とまったく変わらないように見える。クシーと会ったばかりの俺たちなら。でも、今は、ほんのわずかだけど、クシーの表情の変化に、俺もまひるも気づいている。クシーが一瞬、寂しそうな表情を浮かべたことに。
まひるが立ち止まった。じっと、俺を見る。
そうだよな。あと数日経てば分かることだし。別にむりやり隠し通さなければならいこともない。あかねたちも理解してくれるだろう。
俺はうなずいた。
「あのね、クシー」そのまひるの言葉は、耳元に響く警告音に遮れらた。
視界が省エネモードに切り替わり、『SOUND ONLY』の文字と、BBの声。「みんな、聞こえてる? クルーナー出現よ」
「聞こえてる」と、俺。「今、まひるとクシー、ひみかと一緒にいる」
「把握してる」BBが言った。「まひるちゃん、ひみかちゃんにも状況伝えてあげて。前橋市郊外上空、高度一万メートル。混乱するから、山田さんとクシーちゃんは着信のみにするわね」
「クルーナーが出現しました」と、まひるがひみかに告げた。
「場所は?」と、ひみか。
「前橋市郊外上空」まひるがBBからの通信をそのままひみかに伝える。「高度一万メートルです」
「一万メートル?」ひみかが声を上げる。「それって、旅客機の高度じゃない」
確かに、これまでのクルーナーの出現高度よりもけた違いに高い。
「魔法少女って、どこまで高く飛べるんだ」俺はひみかに聞いた。
「成層圏まで問題ないって言われてるわ」ひみかは言った。「過去には大気圏内ぎりぎりでの戦闘もあったみたいだから、宇宙空間以外なら大丈夫なんじゃない?」
まじか。すげえな、魔法少女。
「まひるちゃん、山田さんとクシーちゃんと一緒に、現場に向かって」
「了解です。行きましょう、クシー、山田さん」
俺はまひるの言葉にうなずいた。
とりあえず人気のないところから瞬間移動で現場に向かうことにする。
「いってらっしゃい」ひみかが言った。「がんばって」
俺たちはひみかにうなずき、その場を立ち去った。
クルーナーのいる近くの空域に移動後、俺とまひるは手をつなぎ、俺は犬の姿になった。まひるとクシーは制服姿だったので見た目の変化はない。俺たちはさらに上空へと飛び立った。
「気をつけて」とBBからの通信。「かなり強力な反応よ。これは……」
「BB?」
「これは相当やばいわね。今応援を向かわせたから、とにかく無理はせず、まずは様子を見て」
「了解した」と、俺。
上空を目指して飛ぶ俺たちの視界に、うっすらとクルーナーの姿が見えてきた。小さい。しかも、形状が変だ。これまでのクルーナーのような球状じゃない。
あれは――。
俺たちは、敵と同じ高度に出て、百メートルほど離れた空域に停止した。
あれは、人か。
そのクルーナーは、人の形をしていた。
「そんな」と、まひるが言った。
そのクルーナーは、クシーの姿をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。