044 魔法少女アイドルってどう?
ドレミファソファミレド、という音階をピアノで弾いて、ケイさんが「アでいきますよ、はいっ」と言った。
先ほどと同じ、ドレミファソファミレド、というピアノの音に合わせて、俺たちは「アアアアアアアアア~」と声を出した。
「山田さん、ぜんぜん声出てないわよ!」と、ケイさんの指摘が飛ぶ。
「は、はい」と、俺。
「もっとお腹から、力いっぱい、はい、もう一回!」
「アアアアアアアアア~」
「明日香ちゃん、自信もって!」
「はい!」
音階が半音上がる。
「アアアアアアアアア~」
「あかねちゃん、頭のてっぺんから!」
「はい!」
また音階が半音上がる。
「アアアアアアアアア~」
「まひるちゃん、もっと喉開いて!」
「はい!」
さらに音階が半音上がる。
「アアアアアアアアア~」
何をやっているかというと、発声練習である。なぜ俺がこんなことをやっているかというと、ひとことで言えば、それは俺が魔法少女の犬だからである。いいんだけどね、別にね。
それから五回ほど発声練習を繰り返し、俺の高音がひっくり返り始めたくらいで、いったん休憩となった。
「まひるん、むっちゃうまいやん」と、あかね。
「そ、そうですか。えへへ」まひるが照れている。
「うん」と、俺もうなずく。「ちょっとびっくりした」
「それにしても」と、あかねは俺を見た。
「ちょっと意外だよな」と、俺。
「ですよね」と、まひるは、明日香を見る。
明日香は、ううううとうなりながら、うずくまっている。
「まあまあ」と、ピアノから離れて、ケイさんが明日香のそばにしゃがみこんだ。「ちょっとくらい音が外れてても大丈夫よ。それよりも、大きな声で、元気に歌うことのほうが大事だから」
「はあ」と、いつもの明日香らしくない元気のなさだ。「自分でも、音痴だって分かってるんです」
「そんなことないわよ。明日香ちゃんは、声はいいんだから。あんまり気にしないこと」と、ケイさんが明日香の肩に手を置く。「気にしすぎて、声が小さくなるほうが問題よ」
美穂とクシーのお誕生日会の隠し玉的出し物として、まひる、あかね、明日香の三人と、ワンコちゃんたちで、歌を歌うことになった。やるのなら本格的にやろう、ということで、特別講師が招かれた。それがケイさんである。
実は、ケイさんは元小学校教師で音楽を教えていたという経歴の持ち主だった。あの、相手に安心感を与える笑顔は、そういうことだったのか、と納得した。同じ笑顔でも、BBの得体の知れない微笑とは大違いだ。
そんなわけで、俺たちはケイさんに歌のレッスンをお願いし、ケイさんは快く了承してくれた。問題は、ケイさんの指導はかなりのスパルタだったということだ。別に指導が厳しいというわけではなのだが、俺たちは基礎を徹底的に叩き込まれた。
まずは姿勢。立ち方。呼吸。お腹の周りに空気をためるように。前後左右の空間の感じ方。肩に力を入れない。声帯の開き方。喉の奥の空間の使い方。その他もろもろ。
「これ終わったら、うちらプロになれるんちゃう? 魔法少女アイドルってどう?」とあかね。
「魔法少女アイドルか」俺はうなずいた。「ありだな」
「山田さんの変態」と、まひるがジト目で俺を見る。
「ええー」と、俺。「っていうか、あかねが、言ったんだからな。容赦なく、びしばし鍛えてほしいんでおまんねんって」
「変な関西弁やめえ」あかねが俺を小突く。「まさかここまで本格的やとは思わんかったんや」
「まあな」
「はーい」ケイさんが立ち上がって、手を叩いた。「じゃあ、歌いくわよ」
そこから本番で歌う歌の練習に入っていった。それが終わると、今度はワンコちゃんたちの練習だ。いっぺんに大人数をやるのはよくないらしい。
魔法少女、俺、ワンコちゃんたちは、いったんBBの応接室に集合、そこからケイさんのタクシーに乗って、ケイさんの家まで運んでもらう。ケイさんの家は『柳安荘』から車で三十分くらいのところにある。畑が多くて家がまばらなその場所に建つケイさんの家は、もともとは農家だったらしい。ケイさんの子供たちはもう独立して家を出て、旦那さんは二年前に亡くなったそうだ。広い応接室にグランドピアノがどん、と置かれていた。
「それじゃあ、ワンコちゃんたち、いくわよ」
くろちゃん、しんちゃん、誠くんが犬の姿で並び、歌を歌っている光景は、なかなかにシュールだ。ケイさんは魔法少女の事情に詳しいから、これはまさに、うってつけの人材だったといえる。
誠くんは当然のことながら、美穂ちゃんにバレないように来ている。どうやら、この前の第二回オフ会のときに、ワンコちゃんたちは意気投合したらしく、あれから独自にやりとりしているらしい。BBの応接室にワンコちゃんだけで集まることもあるそうだ。ワンコちゃん同盟と言うらしい。なんか、かわいいな。
ワンコちゃんたちの歌を聴きながら、俺はふと、あることを思いついた。
「あの、ケイさん」レッスンが終わって、みんなが床にへばっているとき、俺はケイさんに声をかけた。
「なあに?」ケイさんはあいかわらず、安定の笑顔だ。
「ケイさんって、まひるのおばあさんが魔法少女だったときのこと、知ってるんですよね」
「ええ」
「それ以降の魔法少女たちのことって、知ってたり、覚えてたりします?」
「もちろん」ケイさんはあっさりとうなずいた。「私、BBとも長い付き合いだから。マダムと同時代以降の魔法少女の名前と連絡先は全部ひかえてるわよ」
「え。マジですか」
「マジです」
「っていうか、そうか、マダムに聞けばよかったのか」
「だめだめ」ケイさんは手を振った。「あの人、めんどくさがりだから、いちいちそんなことやってないわよ」
「そうなんですか」
俺は、ひみかのことを簡単に説明した。
「ひみかちゃんのことは、もちろんよく知ってるわよ。最近会ってないけど、元気?」
「ええ。バイク乗り回してます」
「ふふふ。そういえば、あなたと初めてあったとき、私、ひみかちゃんのこと、ちらっと言ったの、覚えてないかしら」
俺は記憶をたどってみたが、思い出せなかった。「いえ」
「まあとにかく、分かったわ。私からひみかちゃんに連絡しておく」
「ありがとうございます。助かります」
それからもレッスンはちゃくちゃくと進み、お誕生日会まであと一週間となった。
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