024 初恋はいつですか!
出発して早々、俺はケイさんに運転をお願いしなくてよかったと痛感していた。後ろの席――というか、あかねと明日香のテンションが高い。運転してなかったら、到着するまでにその日の体力を吸い取られていただろう。若いってすごいな。BBが一人で大丈夫かと聞いたのはこういう意味だったのか。
BBが手配してくれた車は八人乗りのミニバンだった。最初、二列目に魔法少女三人とくろちゃん、後部座席に体が大きくて助手席には収まりきらないしんちゃんを乗せることにしたのだが、「しんちゃんだけ仲間外れみたいでかわいそうやん」とあかねが言い出し、「か、かわいそういただきました! あ、あざす!」と興奮しているしんちゃんのために二列目のシートを後ろに移動させ、しんちゃんは足元に寝そべった。結果、女の子たちのオットマン状態となっている。
「大丈夫か」と俺が声をかけると、「じ、自分、全然平気っす」としんちゃんは心なしか嬉しそうに答えた。
女の子たちは靴を脱いで裸足になった。「むっちゃええやんこれ」と、あかねはちょうどしんちゃんの首元に、「気持ちいいー」と明日香はしんちゃんのお尻に、「も、もふもふですね」と真ん中のまひるはしんちゃんの背中に、それぞれ足を乗せている。
みんな快適そうで何より。俺は車をスタートさせた。ちなみに、くろちゃんは、ちょこんと助手席に座っている。もしかして、俺に気を遣ってくれているのか。前から思っていたのだが、くろちゃんはこの集団の中で、いちばん大人な感じがする。
「くろちゃんってさ」俺は運転しながら、助手席のくろちゃんに聞いてみた。「小学生なんだよな」
「そうだよ」
「何年生だっけ」
「六年生」
にしては、なんか落ち着いてるよな。
「くろちゃんはねえ」明日香が自慢げに言った。「プロのゲーマーなんだよ」
「え。まじで」
「まじで」あかねが言った。「プロのeスポーツプレーヤーらしいで」
「そうなのか」
「うん」と、何でもないことのように、くろちゃんは答えた。
プロ、と聞いて、思わず年収は? と聞きそうになった俺が軽い自己嫌悪に陥っていると、「年収いくらなん?」とあかねが聞いた。
お前はー。
「わかんないんだ、そういうの」くろちゃんは本当に知らないようだ。「お父さんが管理してるから」
だよね。
「あかねほんと図々しい――」と俺が言い終わらないうちに、「おっさんの年収は?」とあかねが聞いてきた。
ほんと、図々しいな。
「高給取りには見えないよねー」と明日香。
「まあまあ小ぎれいなカッコはしてるけどな」とあかね。
こいつら。
「今日は山田さんをテッテーカイボーするからね」明日香が嬉しそうに言った。「覚悟しといてね」
「じゃあこれから、山田さんに質問コーナー! なあなあ、まひるーん」どうやらあかねが隣のまひるに、にじり寄っているみたいだ。「まひるんも気になるやろ」
ルームミラーを見ると、「え。いえ、わたしは別に」と言いながらも、まひるはもじもじしている。
「じゃあ、質問その一!」と言うあかねに、「はい!」と明日香が手を挙げた。
「はい、明日香ちゃん」とあかねが指さす。
「ズバリ、初恋はいつですか!」との明日香の言葉に「「きゃー」」とあかねと明日香本人が反応している。
「そういう質問には答えない」と言った俺に、「パスは何回までにする?」「やっぱ三回やろ」と明日香とあかねが相談し、「パスは三回までよ。さっそく使っちゃっていいのかなー」と明日香。
「分かった」俺はさも観念したというように答えた。「幼稚園の年長組のときで、相手は――」
「はあ?」とあかね。「なんやそれ、アイドルの回答か。ふざけんなや、しばくぞ、コラ」
「ガラ悪いなー」
「いや、関西人はだいたいこんな感じやけど」
お前、関西人に謝れ。
「高校二年生のときだよ」俺は言った。「生まれて初めて、告白したの」
車内が一瞬、しん、となった。
「なんて言ったの?」と明日香。
「ずっと好きでした。俺と付き合ってください」
「ちょ、直球ね」
「そ、それで、どうなったん?」
「んー? フラれた。ごめんなさいって」
車内にため息があふれた。
「どんな子だったの?」と明日香。
「特に目立つ子じゃなかったし、すごく美人っていうわけでもなかったな。でも、姿勢が良くて、字がすごく上手い子だった。だから、黒板の前に立って、チョークで字を書くときの姿がすごく美しかったんだ。背筋がピン、と伸びてて。いつも俺は見とれてしまっていた。今でもあの、彼女がたてるチョークのカツカツっていう音が耳に残ってる。その姿に、何か特別なものを感じたんだろうな。なんていうか、その子の中に、すごい秘密が眠っているような、そんな気がした。それで、この子のこと、もっと知りたいな、って思ったんだ」
「そういうこと、その子に言った?」と、明日香。
「いや、言ってない」
「なんで、言わへんかったん」
「そこまで頭が回らなかったんだよ。それに実は、告白するまでその子とは、ほとんどまともにしゃべったことがなかったし。昔は今みたいにメールもSNSもなかったんだ。だから、直接言うか、手紙を書くかくらいしか、気持ちを伝える方法がなかった」
「それは関係ないんちゃう」
「私もそう思う」
「おっしゃる通りだ」俺は苦笑した。「たぶん、その子に自分の気持ちを伝える前に、俺自身のことを知ってもらう努力をすべきだったんだと、今は思うよ。そのための手段はいくらでもあったはずだからな」
俺はミラーのまひるを見た。目が合ったまひるは、ぱっと顔を伏せた。
「だから、思ったんだ。もしも次にそういう人が――恋愛対象に限らず――現れたら、まずこちらが努力をしよう、まずはこちらが分かってもらう努力をしようって。ただ、そんなふうに思える人間は本当に稀なんだけどな」
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