036 おいひいれふ

 それからまたクシーの部屋で女子会を再開しようというあかねの誘いを、店の片づけがあるからと断り、美穂は帰っていった。実家はラーメン屋さんなんだそうだ。今回、廃屋だとはいえ、ビルが損壊してしまったので、BBの指示を現場で待っていた。その間、俺は美穂の語りに付き合わされ、結果、俺は昔のアイドルに無茶苦茶詳しくなってしまった。

「お待たせ」とBBとの回線がつながった。「撤収していいわよ。みんな、ご苦労様でした」

 というわけで、くろちゃん、しんちゃんは、自宅に戻っていき、まひるたちはいったんクシーの家に戻ることになった。俺は自宅に帰ろうとしたが、あかねと明日香にがっちりとホールドされて、結局クシーの家に行くことになってしまった。

 クシーはまひるの家の近くにあるマンションに一人で暮らしていた。1LDKの間取りで、予想した通り、ほとんど何もないがらんとした居住空間だった。

「変態解除までここにおったらええやん」と、あかねが鉄板に並んだ丸いタネを千枚通しでくるくると器用に丸めながら言った。「いっそのこと、会社もアバターに行ってもろて」

「そうよね」明日香が皿に載ったたこ焼きにソースをかけ、青のりとかつおぶしを振りかけて、クシーに渡した。「はい、クシー。熱いうちに」

「ありがとう」受け取ったクシーは、爪楊枝をたこ焼きに刺して、口の中に入れた。

 すぐさま、クシーは手のひらを口の前にかざし、はふはふと、やり始めた。

「なるよねー」

「あるあるやな。でも、たこ焼きは、熱いうちに食べなあかん」

 クシーでもこうなるんだ。なんか、シュールだな、この光景。でも、俺はほっとした。

「クシー、味は大丈夫?」と、まひる。

「は、はいひょうふ」クシーがはふはふしながら喋った。「おいひいれふ」

 いや、なんか、まじでほっとするなー。クシーの最初の日記から一年以上経っているから、もちろんその間、彼女なりに変化はしていったのだろうけど。こういう光景を見ると、やっぱりほっとする。っていうか。「いいなーたこ焼きパーティー」と、心の中の声が思わず漏れてしまった。

「だからおいでって、言ったのに」と、明日香。

「いや、そうは言うけど――」

「山田さん」隣に座っているまひるが、皿を片手に、たこ焼きを俺の顔の前に近づけた。「はい、あーん」

 いや、いいんだけどね、別に。あかねと明日香の視線が痛い。クシーはまったく違うところを見てるけどな。

 まあ、いいや。俺はぱくりと、たこ焼きを口の中に入れた。

 熱っ。

 でも、おいしい。

「どうや? うちの特製手作りたこ焼きは」

「お、おいひいれふ」と、なぜか敬語になってしまう。

「せやろ。ふふふ」

「ところでこれ」俺はたこ焼きを飲み込むと、テーブルの上のたこ焼き用の鉄板とカセットコンロを指さした。「あかねが持ってきたのか」

「もちろんや」

「はい、あーん」とまひる。俺はまたはふはふと食べる。

「ねえ、関西の人って、ほんとに一家に一台これがあるの?」と、明日香も、たこ焼き用の鉄板を指さす。

「え。そうなんですか」と、まひるが真顔で聞いてくる。

「あるある」とあかねがくるくるとたこ焼きを回転させながら答える。

「ないない」俺はたこ焼きを飲み込むと、言った。

「いや、あるって」

「いや、ないって」

「どっちよ!」と、明日香。

「以前、仕事で何年か関西に住んでたことがあるだけど」と、俺は明日香に言った。「関西人にその質問したら、みんな笑って、ないないって言ってたぞ」

「それ、ニセ関西人やから」と、あかねはあくまでも曲げない。

 ニセってなんだ、ニセって。

「うちの小学校、粉もん作る授業あったで」

「嘘つけ!」と、思わず突っ込む。

「粉もんって何ですか?」と、まひる。「はい、あーん」

「粉もんっていうのは」俺は、またたこ焼きを口に入れる。「はほやひとはおほのみやひとはのことはよ」

「何言ってるか分かりません」

「おまへはー」

「粉もんっていうのは」明日香がたこ焼きを飲み込んで、口を開く。「たこ焼きとか、お好み焼きとか、小麦粉を使って作る食べ物のこと」

「じゃあ、パンとかもですか。あれ? パンってパン粉で作るんでしたっけ」と、まひるは家でまったく料理の手伝いをしていないことがバレバレな発言をした。

「パンも、うどんも小麦粉」明日香が笑う。「でも、普通はたこ焼きとか、お好み焼きのことを言うんじゃない?」

「せやな」とあかねがうなずく。「その二つを指すことが多いな。関西人のソウルフードやな」

「はい、あーん」とまひる。俺はまたはふはふと食べる。

「あ、クシー、全部食べてる」明日香が、クシーの皿を覗き込む。

「おいしかった」と、クシー。

「よかった。またもうすぐ焼けるけど、どうする?」

「もらう」クシーはうなずく。「あかねのソウルフード」

「クシーの――」と言いかけて、あかねはいったん口を閉じた。「いや、ごめん、何でもない」

「クシーの攻撃って、歌だったんだね」と、すぐさま明日香がクシーに尋ねる。

「そう」クシーがうなずく。「私の力は、歌」

「めちゃくちゃ上手かったよな」と、あかね。

「歌うの、好き?」と、まひる。

「好きだと思う」

「普段からよく歌うの?」

「歌う」クシーは言った。「アメリカにいたとき、近くに教会があった。そこでもよく歌ってた」

「教会っていうことは」明日香が首をかしげる。「讃美歌ってこと?」

「そうだけど、少し違う」

「違う?」

「ゴスペル」クシーは言った。「私はゴスペルを歌う」

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