035 三代目?

 クシーの背後の空間に、無数の黒くて丸い物体が出現した。それは、直径が人間の体の半分くらいあるスピーカーコーンだった。

 すっと息を吸う音が上空から聞こえた。

「アア!」クシーが声を放った。

 パパパパパパパパという破裂音を残し、クルーナーが消滅していく。今度は、一片の破片も残らない。空間にずらりと並ぶスピーカーから放たれたクシーの声が、クルーナーたちをすべて消し去った。

 背後に無数のスピーカーコーンを従えて浮かんでいるクシーは、まるで無数の法具を従えた太古の王のサーバントのようだった。

「あとは本体を――」と言いかけた俺を、くろちゃんが遮る。「上!」

 みんながいっせいに空を見上げ、クシーも顔を上空に向けた。遅れて、スピーカーコーンも上空に狙いを向けた。ひゅっ、と俺の目の前を何かが動いた。まひると明日香とあかねが一瞬でクシーの頭上に到達。そこに、上空から高速で太い帯が降下してくる。三人が同時に攻撃態勢に入る。しかし、三人の魔法少女たちが繰り出した武器が帯と接触する直前、帯は消滅した。

 たぶん今消滅したのが、コアを持っていた本体だろう。ということは、あかねが言っていた助っ人が倒したのか。それにしても、三人の息はぴったりと合っていた。これは、オフ会のおかげだろうか。だといいのだが。

「やっと来たか」と、あかねが言うと、クシーたちをうながして、地上に降りてきた。クシーのスピーカーコーンは消えている。

 あかねたちが着地してしばらく後、ひとりの少女が上空からふわりと降下し、すとん、と俺たちの前に着地した。その隣に、彼女のワンコちゃんなのだろう、小型の柴犬が降り立った。

 その子もやはり学校の制服を着ているのだが、ほかの四人とは明らかに制服の着こなしが異なっていた。とにかくスカートが長い。ほとんど地面すれすれの長さだ。あと、上着の丈が異常に短い。完全にお腹が見えている。とどめに、頭に真っ赤なバンダナを巻いている。これってもしかして、スケバン? なんか、すごく懐かしい感じがするんだけど。

「遅かったやん」と、あかねがその魔法少女に言った。

「わし、ちょうどお店ん手伝いしちょったから」と、その少女は言った。

「あいかわらず、アバター嫌いなのね」と言う明日香に、少女は「うん」と答える。

「美穂ちゃん、久しぶり」

 と言ったまひるに、「まひるちゃん、久しぶり」と、その魔法少女も答えた。この子が、中四国と九州担当の子だな。

 制服の着こなしはいかついが、この子自体はまだ小学生と言ってもいいくらいのあどけない子だった。まひるよりもさらに短いショートカットで、半ズボンを履いたら小学生男子と思われるだろう。

「こちら、私の新しいワンコちゃん、山田雄作さん」と、まひるが俺を紹介した。

 俺はふわふわと漂いながら、美穂の近くまで来て、言った。

「山田です、よろしく」

「わしん名前は、桐ヶ崎美穂。そんで、こっちがわしんワンコちゃん、誠くんや。誠くんはわしん双子ん弟やから。よろしゅう頼むわ」

 柴犬がふわふわと漂い、ペコリと、頭を下げた。俺もぺこりとお辞儀をする。

 美穂が手のひらを胸の前に差し出すと、小さな物体がその上に集まってきた。彼女の手のひらの上数センチの空間に、小さく、くるくると輪を描きながら、飛びまわっている。やがて美穂のスカートのポケットに、ひゅっと飛び込んでいった。

「美穂の武器は、これ、おはやじきや」と、あかね。「小さいけど、威力はあるし、自動的にコアを追尾する機能があるから、敵を確実に仕留められるんや。ああ、それと、みぽりん、LINEでも言ってたけど、新しくアメリカから来た、クシーや」

 あかねはそう言って、クシーを美穂に紹介した。

「クシーよ。よろしく、美穂」

 そう言って、クシーは美穂の前に歩み出た。

 美穂は一瞬ぎくっと体をこわばらせ、「よ、よろしゅう」とだけ言うと、そそくさとあかねの後ろに隠れてしまった。そんな様子を明日香とあかねはじっと見ている。

 クシーは特に気にする様子も見せず、「ア~」と発声練習をしている。超マイペースだな、この子は。

「みぽりんは一番年下やけど、私らと同じくらい経験あるんやで」

 あかねの言葉に、俺は振り返った。先ほどとは違って、美穂はにこにこして、空中に漂う俺を見ている。

「そういう格好してるから、ヨーヨーで戦うのかと思った」と言っても、分かんないだろうけど。

 と、思ったら、意外な反応が返ってきた。

「あんた、なしてそれ知っちょるん?」

「いや、なしてって言われても。見てたから」

「よ、ようやく。ようやく、知っちょる人に出会うた」

 わなわなと両手を震わせて、美穂は浮かんでいる俺の前足を、がしっとつかんだ。

「それ、いっつもみぽりんが言ってたやつ?」と、あかね。

「ああ、昔のテレビの」と、明日香。

 あかねとくろちゃんたちは頭の上にはてなマークを浮かべている。

「わ、わし、唯さんに憧れて、普段もこんげ格好してっちゃ」

「ということは、三代目か」俺は二代目が好きなんだが。 

「そうちゃ!」

「三代目?」「J SOUL?」と、明日香とあかね。

 まあ、そうなるわな。

「でも、そんな昔の作品、よく知ってるな」

「おばあちゃんが、長門裕之んファンやかい」

 暗闇指令か! 渋いな。

「昔んビデオ無理やり見せられて、でも、それがだんだん好きになっていったっちゃがね」

「なるほど」

「唯さん、わしと同じ宮崎出身で、そんで、アイドル辞めてからも――」

 し、しまった。これ、終わらないやつだ。と、あかねと明日香を見ると、こちらに背を向けて何やら話し込んでいる。逃げたな。まひるは、俺が美穂に前足をつかまれたまま、とうとうと喋り倒されている光景を、にこにこと微笑みながら眺めていた。

 まあ、いいか。

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