第6話 家に帰ったら5

「おじさん、邪魔者いなくてちょうどいいんじゃないかって思うんだよね」

どこまで本気か冗談か分からないけど、父はそう言い残して迎えに来たタクシーで出張へ向かった。


今夜は空港の横にあるホテルに泊まって明日の朝一の飛行機に乗るらしい。

明日の夜には国際電話も繋がるらしいし、私も携帯電話は持ってる。

生活自体にそんなに不安があるわけではないけれど。


父が出で行き静まり帰った部屋。

最初に口を開いたのは彼女のほうだった。

「中山蛍(なかやまほたる)です。よろしくお願いします。……、あ、もう中山じゃないや。漢字は普通の蛍ってやつ」

「あ、は、はい!山田飛鳥です。よろ……し、く?」

「うん」


また沈黙だ。

……蛍ちゃん、間違いないなぁ。

名前も顔も同じなんて有り得ないからなぁ。

まあ、顔はライブでしか見たことなくて話したことがあるわけではないから

他人の空似っていう可能性もあったわけだけれど、その線も今なくなった。


「とりあえず座る? あ、荷物置くよね。先、部屋行く?」

「うん。あ、はい。お願いします。」

いつまでもリビングの入り口に立たせたままにはしておけない。

混乱していたわりには良い判断できたと思う。



私は二階にある自分の部屋とその横にある来客用の空き部屋に蛍ちゃんを案内した。

今は必要最低限のものしかないけど、要るものはネットショッピングしていいって言われているので後で教えてあげてようと思う。


「こっちが私で、こっちが……蛍ちゃんの部屋」

なんて呼んだら良いのだろうと思って、さりげなく蛍ちゃんと言ってみたけど

特に気にしている様子はなさそうで、呼び方はこれで良いのかなと思う。



「ありがとうございます」


「ううん。ねぇ敬語じゃなくていいよ。蛍ちゃん中学生なんだって? 何年生?

私は高二なんだけど。そういうの気にしないし気軽になんでも言ってね」


「うん、分かった。中三」

まだニコリとはしてくれなかったけどそう言って頷いてくれた。


蛍ちゃんが話してくれたことに安心する。

さっきまでの不安は楽しみやドキドキした気持ちにに少しずつ変わっていった。


蛍ちゃんは私より歳下なんだから、絶対不安なはずだもんね。

私がしっかりしないと。


細かい話はその後でもいいかなぁ……?

良い子そうだし仲良くなれるといいな。


私は気づけば自然とニコニコしていた。

「荷物置いたらまた降りて来れる?夜ご飯まだなら一緒に食べない?」


「うん」

「じゃあ、待ってるね」


もはや私は足取さえ軽くなっていた。

なんでなんだろう。

冷静に考えれば、蛍ちゃんがさっき私のことを「見たことある」って言っていたのがちゃんと聞こえていたのに。



「ねぇ、それでさ」

先に一階に降りていこうとしたら、さっきまでよりは少し力強い声で呼び止められた。

「え?」

振り向いた瞬間に目があった。


それで、さっきまでのテンションは自分で自分をごまかしていたんだと気づいた。

分かっていたのに。ちゃんとした言葉で聞きたくなくて、 そんな気まずい偶然あるわけないって思って。

中途半端に数分間、確認するのを先延ばしにして過ごしていた。



「見たことあるんだけど。リリアの人だよね?」

蛍ちゃんは、当たり前のことを当たり前に聞くように

顔色一つ変えず、ハッキリと私にそう言った。

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