第5話 家に帰ったら4
好きなアイドルのライブを見れば嫌なことは忘れられる、と言っても限度はあるもので。
さすがに家が近づくにつれて私の足は重くなっていった。
嫌というわけではないけど、新しく母や妹ができるというのは実感がわかない。
上手くやっていけるだろうか、でも小さい頃から私を一人で育ててくれた父のためにも心配かけたらだめだよねって。
そんなことを思いながら玄関のドアを開けた。
「ただいま」
私が帰ると玄関には大きなスーツケースが置いてあった。
何時に出張に出発するのか聞いていなかったのでもしかしたらもう出かけてるのかもと思っていたけど。
「おかえり」
リビングに入るとそう言って父は私を出迎えてくれた。
「うん、ただいま。何時に出るの?」
「もうタクシー来るはずだけど」
そう言って父は腕時計に目をやった。
「新しいお母さんと女の子は? 今日からって言ってなかったっけ?」
一通りリビングを見渡したけど来客……、いや、来客と言っていいか分からないけど、
ともかく誰かが来た様子はなかった。
「ああ、そうそう」
父の声に私は緊張する。新しい家族ともうすぐ会うんだ。
「お母さんの方はね、同じプロジェクトの人なんだけど本当に忙しくしててね。
先にあっちに渡ってるんだ。言わなかったっけ?」
「え? あっち?」
「アメリカ。もう先週から。いつまでかな? お盆には揃って1回帰って来れると思うんだけど」
ん?お盆?
今ってまだ5月だったような……。
「忙しくなるから籍だけは入れようかって話になってね。」
「うん……?」
「飛鳥に相談もなしに決めて悪かったとは思うんだけど。まだ中学生だろ?
さすがにこれだけ長い間一人にするのは心配だからね。それに、飛鳥ってあまり友達と喧嘩したとか聞かないからなぁ。仲良くなれるんじゃないかって思ったんだよ」
いやまあ、たしかに喧嘩はあまりしないけど。
それどころではなくて満足気に語る父の話は半分くらいしか頭に入って来ない。
「中学生? 誰が?」
「いやだから、今日から……」
なんとなくは分かってきたけれど、まだ何かの間違いなんじゃないかとも思う。
お盆までアメリカ?中学生?今日から?
今まで聞いた話を頑張ってまとめているとインターホンが鳴った。
「タクシーかな」
そう言って父は席を立ちモニターを確認すると玄関へ向かった。
もう出発の時間らしい。父の出張には慣れているけれどさすがに話の途中すぎじゃないかなと、
そう思っているとしばらくしてから玄関から話し声が聞こえた。
それにしても、やっぱり新しく妹になる子と二人で暮らすってことだよね?
さすがに突然すぎてびっくりするし、心の準備もできてない。
何が、「飛鳥ってあまり友達と喧嘩しないから」だよ、と先ほどの言葉を思い返し
てちょっとだけ不満も出てきた。
喧嘩しないのは、無難に普通に過ごしていきたいから。
私がわがまま言って、誰かと喧嘩とか険悪なムードとかになりたくない。
そもそも中学生の女の子とかあんまり話したことないし仲良くなれるか心配だな……。
「飛鳥。……飛鳥!」
「あ、何?」
気がついたらぼーっとしていたみたいだった。
玄関から戻ってきた父に呼ばれて顔をあげれば見慣れない女の子の姿がそこにあった。
あれ?新しく妹になる子なのかな?って思った。タイミング的にそうだと思う。
父の横に少し離れて立っていた。
セミロングの髪。服はブレザータイプの制服で、私の母校とは違う。近所でも見たことのない制服だった。水色の旅行用のボストンバッグを両手で下げている。
無表情なんだけど、別に不機嫌そうにも見えなくて。
可愛いだけじゃなくて美人のイメージもある。
だけどたしかに中学生っていうか。年下なんだなぁって感じ。
あれ?
明らかに誰が見ても容姿が整っているせいで少し反応が遅れたけれど
何か、どこかで‥‥
気のせいかな?美人だから変な第一印象になっているだけ?
……、
……、
……、
自分の目もあんまり信じられない。
空っぽの頭でもう一度彼女をじっくりと見た。
「あ」
と言う私の声と
「見たことある」
と言う彼女の透明感のある小さめの声は
もう一度鳴ったインターホンにほぼほぼかき消された。
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