第4話 家に帰ったら3

「次の人、どうぞー」

係の人に呼ばれて先ほど買ったチェキ券を渡す。

私の順番がまわってきた。

それとほぼ同時くらいにまだ正面も向いていない私に声がかけられた。


「飛鳥ちゃん! こんにちは! 今日も来てくれてありがとう。会えて嬉しいわ」


「あ、こんにちは」

リリアちゃんは私を見るなりそんなふうに名前を呼んでくれた。

私は何回来てもリリアちゃんと話すのはまだちょっと緊張する。

なんとか挨拶をすると、リリアちゃんは私を見てニコニコしてくれていた。


「ねぇ、さっき何で一人でキョロキョロしてたの?」

チェキ撮影のため隣に立った私にリリアちゃんが言った。


「え? 私? キョロキョロしてた?」


「してたわ。ここからでも並んでるとこけっこう見えるんだから」

そう言ってリリアちゃんはクスクス笑った。

さっき独り言を言ったりしていたのを、見られてしまっていたみたいでちょっと恥ずかしい。


「ちょっと考えごとを……」

「えー、なぁに? 他の子ともチェキ撮ろうかなぁとか思ってないわよね?」


「そんなの思ってないよ!」

「よかった。飛鳥ちゃんは私のこと単推しでしょ?」

「それはもちろん!」

単推しとは、他のアイドルを推さずに推しメン一人だけを応援することで

私はもちろんリリアちゃん単推しだった。


確かメンバーはみんな可愛いと思うけれど、私の推しメンはリリアちゃんだけだし

他のメンバーとチェキを撮ったこともなかった。

ライブ中もほとんどリリアちゃんしか見てないし、正真正銘の単推しと言っていいと思う。



「もうすぐお時間でーす」

係の人の声がした。チェキ撮影会ではこんなふうに少しの間だけ推しメンと話したりできる。

「ポーズ何がいい?」

そう言いながらリリアちゃんは顔を近づけてきた。香水の匂いに私の息が止まりそうになる。

「あ、……おまかせで」

「じゃあ、ハート!」

リリアちゃんは少し屈んでさらに顔を近づけると私の手をとってハートのポーズを作った。

そうやってチェキ撮影が終わるとすぐにポラロイドカメラからチェキが出てきて

リリアちゃんがその場でサインを入れてくれる。



「あ、す、かちゃんへ。漢字も書けるわ。ずっと来てくれてるから覚えちゃった」

リリアちゃんはそんな嬉しいことを言ってくれた。

チェキを受け取ろうとすると、ふいに手が重なりそのまま握られる。


「飛鳥ちゃん、来週のライブは? 来てくれる?」

リリアちゃんが私に聞いた。

私は緊張するしリリアちゃんの手を握り返したりはできないけど思いっきり頷いた。

来週のライブに来るのも期待されてるのかもしれないと思うと返事に力が入る。


「うん! 来る予定だよ。楽しみにしてる」


「嬉しい! 待ってるわ」


そうやってリリアちゃんと手を振りあって別れると、次に見たときにはリリアちゃんはもう次の人と話していた。

当たり前のことだけれどちょっとだけ寂しく感じる。

手元にあるチェキを見れば、リリアちゃんはすごく可愛くてきらきらした笑顔で写っていた。

それに引き換え私は本当に普通だなぁなんて思う。


来週も来るに決まっている。

リリアちゃんのライブを見ている時間はすごく楽しくて夢のような特別な時間だった。

ライブ中だけじゃない。リリアちゃんの事を考えている時間は全部が楽しい。

嫌なことも忘れられる気がする。

こうやってリリアちゃんに会うと毎週すごく幸せな気持ちになれた。

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