第3話 家に帰ったら2

「ちっとも良くないよ!」

「え?」

ライブ当日。曲のパフォーマンスの後に行われるチェキ撮影の列。

前に並んでいた二十代前半くらいの男の人に振り向かれ、ハッと我に返った。

昨日の出来事が衝撃的すぎて思わず独り言が出でいたらしい。

「あ、あはは……なんでも、ないですぅ……」

名前は知らないけどこのライブハウスでたまに見る男の人は、特に気にすることもなく、また前を向いて並び直してくれた。


あんまり変に思われなくてよかった。

それにしても、いくら待ち時間が長いからって独り言を言うなんて。

今の私ってちょっとおかしいのかもしれない。



今度は周りの人に不審がられないように。小さく深呼吸すると、

小銭入れから昨日折りたたんで入れたチェキ代の千円札を取り出した。


ライブの入場料が千五百円。

そして、私が楽しみにしているライブ後のチェキ撮影が一枚千円。

本当は何枚も撮りたいけれど、学生の私はお小遣いの事情とかもあるし、

チェキは一日に一枚が毎回の決まりとなっていた。


夏休みとかはバイトするにしてもグッズも買いたいし、毎週の交通費もあるから仕方ない。

それでも推しメンのリリアちゃんとチェキを撮る瞬間は、人生で一番と言ってもいいほどの幸せな時間だった。



せっかくライブに来たのに他の事を考えるのなんてやめよう。

そう思い顔を上げれば私の順番はもうすぐそこまで来ていた。

前の人の横から覗き込めば、ファンの人とチェキ撮影をしているリリアちゃんが見えた。

視界にリリアちゃんが入った途端、急に景色が変わった気がした。

ライブハウスのちょっと薄暗い照明なんか気にならないくらい、キラキラして周りまで全部輝いて見えた。

さっきまで待ち時間が長くて退屈していたのに、そんなこともすっかり忘れた。



リリアちゃんは綺麗な長い髪を茶色に染めていた。

メイクは濃すぎないし、でも高校生よりはもう少し大人っぽく見える。

身長はたぶん同じくらいだけど、衣装の靴のヒールが高い分、私はリリアちゃんをいつも少しだけ見上げた。

白くて、細くて、人形みたいで。

お話が上手でいつもニコニコしているところも素敵で。


顔が可愛いのはもちろん、それだけじゃなく何もかもが私の理想だった。

今日も推しメンに会えた。

その事実が余計な感情を消し去ってくれた。

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